8 どこにいるんだろう?

 翌日のお昼。

 給食のあと――私とロボくん、スカイは、3階の渡り廊下に立っていた。


 手すりにヒジをつき、風に吹かれながら、並んで下を見る。

 ここからは、学校の裏門と壁打ちの場所が見えた。


「結局……どこに埋まってるんだろうね、夢太郎くん……」


 私の言葉に、ロボくんが手のひらの上の新・不思議アンテナを見つめる。


「さっき念のため、スカイといっしょに学校全体も歩いてみたんですよ。もしかしたら、校舎の壁の中にでも埋まってるのかもしれないと思って」


「で、どうだった?」


「1階、2階、3階、体育館の中、物置、各準備室、色んな場所を探しましたけど、そのどこにもアンテナは反応しなかったです」


「つまり……この学校の敷地内に、夢太郎は存在しないってことだ」


 手すりに背中をつけ、スカイが空を見上げる。

 その時、ふと、私はそれに気づいた。


「え? でも、ちょっと待って」


 二人に、続ける。


「もし夢太郎くんがこの学校内に存在しないんだったら――夢子さんを見つけることもできなかったんじゃない? だって夢太郎くんと夢子さんは、2人セットで、この学校の生徒たちを守ってたんでしょう?」


「それについては、ボクもスカイも悩んでいました」


 ロボくんの髪が、渡り廊下の風にフワリと踊った。


「夢子と夢太郎は2人でひとつです。そのどちらが欠けていても、霊力を発揮することができない。にもかかわらず、夢子は不思議アンテナに特定されるほどの霊力を持っていた。と、いうことは――」


「と、いうことは?」


「夢太郎は、確実にこの学校の敷地内にいるはずなんです。しかし、まったく見つからない……」


「いや、もぉ、マジでお手上げだよ」


 スカイは、すでに完全にあきらめていた。

 ロボくんも、なんだか考え疲れている感じ。

 私は、ボンヤリと空を見上げる。


 青い空。

 白い雲。

 視界の隅っこに、校舎のてっぺんが見える。


 屋上。

 屋上……。

 ――って、お、屋上?


「あの、今、私、またちょっとひらめいたんだけど?」


「ひらめいた? 何ですか、鈴木春世さん?」


「もしかしたらだけど……夢太郎くん、屋上のどこかに埋められてる可能性はない? あるいは、プールの水の底とか?」


 それを聞いて、スカイが「やれやれ」と肩をすくめる。


「トーゼン、オレたちもそれを考えた。でもダメだったよ。屋上の隅から隅まで歩いてみたけど、新・不思議アンテナは何も反応しない。もちろんプールサイドも歩いてみた。だけど、反応はゼロだ。つまり夢太郎は、マジでこの学校敷地内にいない」


「でも、早く夢太郎くんを見つけないと、彼が持っている災いが、私たち生徒に降りかかってしまうんでしょ? 一体、どうしたらいいの?」


「もちろん、最悪の事態は想定していますよ……」


 ロボくんが、静かに言った。

 少し、残念そうな横顔だった。


「それって、一体どういう想定?」


「夢子を……埋めるんです」


「夢子さんを、埋める?」


「はい。少なくとも、ボクたちが夢子を掘り起こすまで、この学校は今まで通りフツーでした。それは間違いありません」


 ロボくんのとなりで、スカイが「だな……」と、うなづく。

 彼もまた、少しくやしそうな顔をしていた。


「だから、このまま夢太郎が持つ災いがバラ撒かれるのであれば――夢子を元の場所に埋めるのが一番です。そうすれば、学校の流れは元通り。ボクたちも、他の生徒たちも、危険ではない」


「でも夢子さんと夢太郎くんの役目は終わったから、これからは2人で過ごさせてあげたいって……」


「そう思っていました。ですが、それも2人が見つかってからの話です。今回、どうしても夢太郎を見つけることができなかった。ならば……すべてを元に戻す。それが、この学校の平和を守る1番の方法なんじゃないでしょうか?」


「せっかく掘り起こした夢子さんを……また、埋める……」


「夢子をまた埋めるのは、ボクだってイヤです。しかし災いがまき散らされるのは、もっとイヤなことでしょう?」


「でも――もし、今、夢太郎くんを掘り起こすことができたら――夢太郎くんと夢子さんは、毎日会って、その、イチャイチャできるんだよね?」


「まぁ、2人が毎日イチャイチャできることが、今回のこの件の1番ハッピーな結末なんでしょうけど……夢太郎が見つからない今、やはり夢子は、もう一度埋めるしかありません」


「愛し合う2人なのに……またバラバラって……私は、ずっといっしょにいさせてあげたいな……」


「まぁ、仕方がありませんよ。とりあえず、夢子を埋めて、引き続き夢太郎を探すしかありません」


「うん……まぁ……うん……そう、だよね……」


「でも今回、せっかく夢子を掘り出したんです。夢子だけはきちんとキレイにしてあげましょう」


「キレイに?」


「はい。傷だらけの体を直してあげるんです。ボクの魔法陣を使えば、すぐにピカピカの新品みたいになりますよ」


「そっか。そうだよね。夢子さんは、今までずっとこの学校の女子たちを守って、傷だらけになってくれてたんだもんね。そのくらいはしてあげたいよ」


「じゃあ……夢子を埋めるのは、いつにするんだ?」


 スカイが聞く。

 少し考え、ロボくんが答えた。


「あれから――今日で3日です。さすがの夢太郎も、そろそろ夢子がいないことに気づいているでしょう。だとすれば……早い方がいいでしょうね」


「ってことは……今夜か」


「はい。今日の夜、夢子を元の場所に埋めましょう。スカイは守り神パワーで、周囲に人が近づかないようにしてください。ボクは魔法陣で、スカイの家から棺桶を学校に移動させます。鈴木春世さんはどうされますか?」


「え? どうされますか、って?」


「夢子を掘り起こす時は人手が必要でしたけど、埋めるとなるとカンタンです。しかも埋めるのは、夜。ボクとスカイだけでできます」


「わ、私も何か手伝うよ。夢子さんへの感謝をこめて、自分の手で彼女を見送ってあげたい」


「そうですか。わかりました。それでは、今夜、よろしくお願いいたします」


 それから私たちは、5年2組の教室に戻った。


 午後からの授業を受けながら、私はボーッと窓の外を見つめる。

 夢子さんを……また、あのプールの横に埋める。

 せっかく地上に出てきたのに、彼女はまた、暗い地面の中に埋められてしまう。


 そういうので――いいんだろうか?


 またあの暗い、ジメジメとした地中に戻されて、彼女は幸せなんだろうか?

 彼女の役目は、もうすでに終わってしまっているというのに。

 地面の下に埋められた夢子さんを想像しながら、私はやっぱり思う。


 ねぇ、夢太郎くん。

 あなたは、今、一体どこにいるの?

 出てきてよ。

 出てきて、夢子さんとずっといっしょに、イチャイチャしとけばいいじゃん。


 そんなことを考えているうちに、その日はあっさりと終わった。

 放課後も夢太郎くんを探したけど、結局私たちは、彼を見つけ出すことができなかった。

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