7 左手をごらんください

 私は――もう完全に帰りたくなっていた。


 第2の候補地点。

 壁打ちの場所。


 そこでもどうやら、新・不思議アンテナは反応していない。

 ロボくんとスカイが、むずかしい顔を見合わせていた。


「ここも反応しませんね……」


「しないな」


「ということは、夢太郎が埋まってるのは、さっきスカイが言った第3の候補地点ということでしょうか」


「まぁ、そういうことになるな」


「とりあえず、行ってみましょう」


 テクテクと、2人が歩きはじめる。

 あの、それ、もぉ、ほぼ決定ですよね?

 ロボくんの新・不思議アンテナが正常に動いてるんなら、夢太郎くんが埋まっているのは、きっとプールの塀に沿った敷地内の角っこ。

 何もない場所。


 私たちは、その地点まで歩いていく。

 だけど――その場所でも、やはり不思議アンテナは反応しないようだった。


「ここでも……反応しません……」


「ったく! じゃあ、一体どこだ? 夢太郎はどこに埋まってる?」


 イラつきながら、スカイがそこら中をキョロキョロと見回す。

 そこで――私は、ふと、それに気づいてしまった。

 ま、まさか……これって、もしかして……。


「ね、ねぇ……私、なんかひらめいちゃったんだけど……」


「ひらめいた? 何をひらめいたんだ、春世?」


 スカイが、めちゃくちゃムキになる。

 いや、スカイ、すごいあつ……。

 彼を落ち着かせるために、私はほほ笑みとともに続けた。


「えー、あのー、二人とも――左手をごらんください」


「左手?」


 左手を上げて、私はとなりの建物を指し示す。

 ロボくんとスカイは、私の左手をめっちゃ見ていた。


「春世。お前、意外と手がデカいんだな。なんならオレよりゴツゴツしてっぞ」


「異性運が悪い手相が出ていますね。鈴木春世さんは、ご結婚相手を慎重に選ばれた方が……」


 スカイは失礼すぎて、ロボくんは天然すぎる……。

 一体、何なの……この二人……。


「そうじゃない! 私の左手が指し示してる方向を見てってこと!」


 ロボくんとスカイが「あぁ!」と、私たちの横にある建物を見上げた。

 私たちが毎日を過ごしている校舎が、そこにはそびえ立っている。


「校舎? 校舎がどうかしたのか?」


 キョトンとしたスカイが、首をかしげる。

 ったく、スカイ……少しは自分で考えなさいよ……。

 ため息とともに、私はその最悪の予想を口にした。


「この校舎、まだわりと新しくない? ここってね、私たちが入学する直前に建てられた物なんだ。つまり建ってから、まだ5、6年程度」


「それが――どうした?」


「どうしたって……まだわかんないの、スカイ?」


「なるほど。鈴木春世さんのその説は、確かにあるかもしれないですね」


 ロボくんがそれに気づき、深刻な表情で腕を組む。

 スカイは「へ?」と、いまだにわかっていなかった。


「何だよ、ロボ? お前も何か気づいたのか?」


「はい」


「何だ? 説明してくれ」


「鈴木春世さんがおっしゃりたいことは、つまりこういうことです」


 ロボくんが腕を組んだまま、校舎を見上げる。


「今から5、6年前――学校側は、校舎を建て替えた。そして、その時に――夢太郎が埋まっている場所の上に、新しい校舎を建ててしまった。そういう予想ですよね、鈴木春世さん?」


 ロボくんの言葉に、私はうなづく。


「そう。たった今、ロボくんが言ったように、それは可能性のひとつ。だから新・不思議アンテナをどこに持ってっても、夢太郎くんの反応は出ない。これ、わりと説得力ない?」


 私の言葉に、スカイが絶望の頭をかかえた。

 だが突然、何かに気づいたように、ハッと顔を上げる。


「ってことは、春世……つまりひょっとすると……夢太郎は、この校舎の下に埋まってるんじゃないのか?」


「いや、何なの、あなた? 話、聞いてた? さっきから私とロボくん、ずっとそう言ってるんだけど?」


「だったら――夢太郎を掘り起こすとか、絶対無理じゃねぇか!」


「まぁ、そう、なるよね……」


「フッ……なんてな。春世、それからロボ――お前らはラッキーだ。めちゃくちゃ超ラッキーな少年少女だぜ!」


 スカイが急に、キメ顔を向けてくる。


「オレのような裏山の守り神がいて本当にありがたいと思え。いいか? オレが今からこの校舎を守り神パワーで吹っ飛ばす。そのあと、お前ら二人で、のんびり夢太郎を掘り起こすんだ」


「バカなの、スカイ? あなたが校舎を吹っ飛ばしたら、私たち明日からどこで授業を受けるの?」


 そこで初めてハッと気づき、スカイがガックリと肩を落とす。


「く、くそ……まさかオレの校舎吹っ飛ばし大作戦に、そんな落とし穴があったとは……」


「いや、フツー、一番最初に気づくでしょ、そんなの……」


 あきれている私に、ロボくんが続ける。


「でも、鈴木春世さんのその意見には、たしかに信憑性がありますね。スカイの守り神パワーも必要です。どうでしょう? 1階を歩き、夢太郎が埋められている場所を特定する。そしてその部分だけ、スカイに破壊してもらう」


「おぉ、ロボ! さすが、お前、インテリだな!」


「スカイが壊した床は、ボクが魔法陣で元通りに修理します。それでいきましょう!」


「カンペキじゃねぇか! そのアイデア!」


 大喜びのスカイをつれて、私とロボくんは、校舎の中に入っていく。

 私たちがいつも授業を受けてる校舎。

 その1階を、慎重に歩いた。


 だけど……1階のどの場所でも、新・不思議アンテナは反応しない。


「反応……しないだと?」


 とまどいながら、スカイが言う。

 その結果には、さすがのロボくんも少し困った表情を浮かべた。


「となりの校舎も確認してみましょう」


 私たちは、もう一つの校舎に移動し、そこの1階も歩き回る。

 だが、そこでも――やはり新・不思議アンテナは、まったく反応しなかった。


「ここでも……反応しねぇ……」


 スカイが、ガッカリとつぶやく。

 この学校の校舎は、この2棟だけ。

 私もロボくんも、どうしたらいいのか、完全にわからなくなっていた。


「学校の敷地内でも反応がない。校舎の1階でも反応しない。だったら……夢太郎は、一体どこに埋められているんでしょうか……」


「運動場の、ド真ん中とか?」


 私は、そう言ってみる。

 だけどロボくんは、それに首を振った。


「裏門のそば、壁打ちの場所、何もない角っこ。第1から第3までの候補地は、すべて運動場のそばを通ってきました。もし近くに夢太郎が埋まっていれば、この新・不思議アンテナは確実に反応しているはずです。だけど……それもありませんでした……」


「ってことは……」


 私は、あってはならないことを言いかける。

 ロボくんが、私のかわりに言った。


「はい。夢太郎は、そもそもこの学校の敷地内に、存在しない……」


 私たち3人は、校舎の1階廊下で顔を見合わせる。


 夢太郎くんが……この学校の敷地内に存在しない?

 ってことは――これまでこの学校には、夢子さんしかいなかったってこと?


 誰もいない、校舎の廊下。

 途方に暮れている私たちを、1階の静けさが包みこんでいる。

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