11 聞こえない音楽の中で

 その時、何か不思議な感覚が、私たち3人を襲ってくる。

 突然降りそそいできた神秘的な月明かりに、ロボくんもスカイも完全に固まっていた。


 こ、これは……一体、何?


 月明かりが、まるでレーザービームのように地上に射し込んでくる。

 私たちのすぐそば。

 夢子さんの棺桶に、直撃。

 それはまるで真っ暗なステージに、華やかなスポットライトが当てられているような感じだった。


 次の瞬間、私たち3人は、ハッと息を飲みこむ。

 夢子さんの棺桶の端っこを、奥からの白い手が静かに掴んだのだ。


「え……」


 白い手が、棺桶のフタを内側からずらす。

 開かれたフタの向こうから、誰かがゆっくりと体を起こした。

 ボーゼンと、私たちはそのさまを見つめる。


 棺桶から起き上がったのは――夢子さんだった。

 閉じられていた彼女のまぶたが開かれ、とても美しいキラキラとした瞳が輝く。


 夢子さんは、その場から立ち上がり、少しの間、棺桶の中にたたずんでいた。

 私たち3人は、何も言えず、そんな彼女をただ見つめている。


 立ち上がった夢子さんが、自分が着ている服をつまみ、なんだかうれしそうにほほ笑む。

 真夜中の穴の底で揺れる、彼女の華やかな花柄ワンピース。

 私が彼女にプレゼントした、現代のファッション。


 新しい服を気に入った様子で、彼女が私の目の前に一歩踏み出してくる。

 無言で、私に笑いかけてきた。

 何とも言えない、めちゃくちゃかわいい笑顔。

 言葉はなかったけれど、もしかしてこれ、私に「ありがとう」って言ってる?


 な、何なんだろう?

 一体、何が起こってるの?


 夢子さんは、人形だ。

 絶対に、人形だった。

 私も、ロボくんも、スカイも、それは何度も確認している。


 だけど私たちの目の前に立った今の彼女は、どう見てもフツーだった。

 生きていて、動いていて、私たちと同じ年頃の女の子。


 夢子さんが、私の手を取る。

 その瞳は「ついてきて」と言っているようだった。


 それを見て、ロボくんとスカイがあわてて穴から地上へ上がっていく。

 私と夢子さんに手を伸ばした。


 とまどいながら、私はロボくんの顔を見上げる。

 ロボくんは、無言で私にうなづいていた。

 私はロボくんに、夢子さんはスカイに、2人揃って、地上に引き上げられる。


 地上に出ると、夢子さんは無言のまま、私の手を引っぱった。

 真っ暗な学校内を歩きはじめる。

 夢子さんに導かれるがまま、私たちは体育館の脇を抜け、真夜中の運動場を横切っていった。


 彼女に連れてこられたのは、学校の裏門のあたり。

 つまり、夢太郎くんを探しはじめた時、一番最初にやってきた場所。

 裏門は、暗闇の中で、完全に閉じられていた。


 夢子さんが、門に手をかざす。

 すると、裏門の古い南京錠がガチャリとはずれた。

 音もなく、ゲートが開かれていく。

 夢子さんがさらに私の手を引っぱり、私たちはそこから学校の敷地外へと出ていった。


 少しばかり歩くと、駐車場が見えた。

 このあたりの住人たちが、月極で借りている広いスペース。

 真夜中の静けさの中、今日も何台かの車が止められている。


 その場に立ち止まった夢子さんが、駐車場の隅っこを指さす。

 何かをお願いするような顔で、私を見た。

 私は、ロボくんとスカイを振り返る。


「ね、ねぇ。もしかしてこの下に夢太郎くんが埋まってるんじゃあ……」


「でもここ、学校じゃねぇぞ? 学校の敷地外だ」


 スカイが、ボーゼンと夢子さんが指さした地面を見つめている。

 ロボくんが、あっ気にとられたように続けた。


「い、いえ。これを見てください……」


 いつの間にかロボくんの手の上に置かれている新・不思議アンテナ。

 それがこの深い暗闇の中で、まるでランタンのごとくオレンジ色に点滅している。


「新・不思議アンテナが……反応してる……」


 私の言葉に、スカイがとまどいながら続く。


「いや、でも、ロボ。ここは学校とは、まったく無関係な――」


「それでも、新・不思議アンテナは反応しています。ここを掘ってみる価値はあるかもしれませんね」


「マジか……しかし、時間が遅すぎる。お前の魔法陣でなんとかならねぇのか?」


「夢子を掘り起こした時に、大体の深さは確認しています。夢太郎が埋まっているのなら、深さはおそらく同じなはず。やってみましょう」


 ロボくんが、駐車場の地面に大きな円を描きはじめる。

 魔法陣は、すぐに完成した。

 ロボくんが最後の一文字を描きこむと、光の粒のようなものが宙に立ち昇りはじめる。


 魔法陣の下で――穴が、少しずつ、少しずつ、地面にできあがっていく。

 とても丁寧に、下にあるかもしれない棺桶を傷つけないように。

 1秒ごとに、10センチ程度。

 まるで砂山で穴を掘る時のように、余計な土が脇にどけられていく。


 一体どのくらい掘っただろう?


 夢子さんの時と同じくらい、つまり私たちの背丈くらいの穴が掘られると、地面の底からガリッという音が聞こえた。

 そこでロボくんが、魔法陣の端っこを足で消す。

 魔法陣が、穴を掘るのをやめた。


 私たちは、顔を見合わせる。

 夢子さんが、真っ先に穴の底に下りていった。

 私たち3人は、地上から、そんな彼女を見下ろす。


 そこには、やはり――大きな棺桶が埋まっていた。

 夢子さんの棺桶と、ほぼ同じサイズ。

 その表面には、彼女の棺桶と同じように、文字が彫られている。


 夢太郎


 夢子さんがヒザをつき、その棺桶に触れると、フタが自然に開いてくる。

 中から、白い手が出てきた。


 男の人の、傷だらけの手――。


 フタが完全に開かれ、中からその人が体を起こす。

 何と言うか……すごく……さわやかな、イケメン……。


 こ、この人が……夢太郎くん……。

 

 棺桶から体を起こした夢太郎くんに、夢子さんが抱きついていく。

 もぉ、めちゃくちゃ、すごくすごくすごく会いたかったように。

 そんな夢子さんを、夢太郎くんもしっかりと抱きしめ返していた。


 しばらく抱き合った後、夢太郎くんが夢子さんの手を掴み、穴から地上に上がってくる。

 二人で並んで、私たちにお辞儀をした。

 言葉は発さなかったけれど、夢子さんと夢太郎くんは、「どうもありがとう」といったほほ笑みを浮かべている。


「良かったね、2人とも。ようやく、また会えたんだ。これからはもう、誰にも邪魔されることはないよ。ずっとずっと2人いっしょだ」


 私が言うと、2人は笑顔でそれにうなづき、手を取り合って学校の敷地内に戻っていく。

 運動場の真ん中に立ち、お互いの顔を見つめ合った。

 自由になった2人の笑顔を、月明かりのスポットライトが華やかに照らし続けている。


 この月明かり――もしかしたら、80年間頑張ってきた2人への、神様からのご褒美なのかな?


 うん。

 そうだよ。

 きっとそうだ。


 夢子さんと夢太郎くんは、きっとこの満月に選ばれたんだ。

 私たちの上に浮かぶ、あの特別な満月に。


「ねぇ、ロボくん」


 そんな2人を見つめながら、私はロボくんに聞いてみる。


「これって、あの2人が、あの特別な満月に選ばれたってことだよね?」


「そうですね。でも選ばれたのがあの2人で、本当に良かったですよ」


「あの満月は、その、一体どんなものなの? それはどうしてやってくるの?」


「鈴木春世さん――」


 ロボくんが、私の顔を見つめる。

 私も、ロボくんの顔を見つめた。


「この世界で起こるすべての出来事には、理由なんかないんですよ」


「理由なんか、ない……」


「何か理由があると思うから、人は間違っていく。理由なんか、ないんです。あの満月は、ただ、やってきます。ただ、誰かを選び、ただ、選んだ者の願いを叶えるんです」


「ただ、叶える……」


「それより見てくださいよ。素敵な光景です。この世界に、あれほど美しいシーンがありますか? あの2人のお互いを想い合うココロは、まさに永遠ですよ」


 ロボくんに言われて、私はふたたび夢子さんと夢太郎くんに視線を戻す。

 月明かりに照らされた運動場の中心で、手を取り合った2人が踊っていた。


 とても、うれしそうに。

 楽しそうに。

 幸せそうに。

 まるで2人だけの、舞踏会みたいに。


 音楽は聞こえない。

 だけど愛し合うあの2人にしか聞こえない音楽は、きっと華やかに、この月夜の運動場に鳴りひびいているのだろう。


 私たち3人は、しばらくの間、そんな2人のダンスを見つめていた。

 ようやく自由を手にすることができた2人。

 その美しい光と影が、この夜の記憶に刻まれていく。

 まるで、本当に、この楽しい時間が永遠に続くように。


 2人の重なる影が、聞こえない音楽と月明かりの中で、優雅に舞う。

 それはとても……とても素晴らしい光景だった。


 私は、思う。

 あの2人は、きっと……理由なんかなく、ただ、愛し合っているんだね……。

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