12 美しいって思うよ

 次の日の朝早く――スカイの家に歩いていくと、誰もいなかった。


 私は勝手に中に入り、囲炉裏の部屋に行く。

 そこには、例の棺桶が2つ並んでいた。


 夢子さんと夢太郎くんの棺桶。

 昨夜のうちに、ロボくんが魔法陣で移動させた。

 2人が埋められていた穴も、すでに元通りにふさがれている。


 私は、スカイの家の屋根裏部屋に上がってみる。

 そこでは、ロボくんとスカイが掃除をしていた。


 すぐそばに置かれた古いソファーには、2体の人形が座っている。

 夢子さんと夢太郎くん。

 昨日の夜、2人はしばらくの間再会のダンスを踊ると、私たちの前に戻ってきて人形の姿に戻った。

 そして、動かなくなった。


「おぉ、春世。来たのか」


 スカイが、私に気がついて言った。

 ソファーに座る夢子さんと夢太郎くんを、私は振り返る。


「ねぇ、スカイ。本当にいいの? 夢子さんと夢太郎くんがここに住むって」


「あぁ。まったくかまわない。言ってみれば、この2人は学校の守り神だったわけだ。守り神同士、助け合うのがスジだろ?」


「すごいね、スカイ。意外とやさしいんだ」


「意外と、って何だ? って言うか、お前も手伝え」


 スカイにうなづき、私も屋根裏部屋の掃除を手伝う。

 掃除と言っても、この屋根裏部屋にはあまり物がない。

 ゴチャゴチャとした農具が転がっているだけだ。


 ある程度の片付けが終わると、私は床をホウキで掃いた。

 うん。

 なんかめちゃくちゃキレイになったぞ!


 ロボくんとスカイが、ソファーを窓際に移動させる。

 夢子さんと夢太郎くんは、目を閉じたままだったが、なんだか2人ともめちゃくちゃ幸せそうな顔をしていた。

 夢太郎くんの体にあったたくさんの傷も、今ではすっかりキレイに直されている。


「さぁ、鈴木春世さん。夢子と夢太郎の手を重ねてあげてください」


 ロボくんの言葉にうなづき、私は2人の手をつないであげる。

 なんとなく……何かが完成した気がした。

 何と言うか、こぉ、できあがったパズルをながめてるみたいな達成感。

 あるべき物が、あるべき場所に、ようやく戻ってきたような感じ。


「しかし……こうして見ると、こいつら、なかなかステキなカップルだな。イケメン&美少女だ」


 スカイが言う。

 そんな彼に、私はほほ笑みを浮かべた。


「スカイは、夢太郎くんにジェラシーでしょ? 夢子さん、めちゃくちゃ美少女じゃん」


「何でだよ? まぁ、たしかに夢子は美少女だが、この2人はすでに完成している。『設定』じゃなくて、マジで愛し合ってるんだろうな。オレがチャチャを入れるわけにはいかないよ」


「うわぁ……やっぱ意外ぃ……スカイって、そのへん、マジでちゃんとしてるんだね」


「だから、お前、さっきから何なんだ? 意外って?」


 私たちのやり取りに肩をすくめ、ロボくんが屋根裏部屋の窓をさらに大きく開けていく。

 部屋中に広がっていく、朝の光。

 おいしい空気。


 さすが裏山のてっぺん。

 そこから見える風景は、かなりの絶景だった。

 少し遠くの方に、私たちが通うまほろば小学校が見える。


「うん。これは素晴らしい景色ですね。夢子も夢太郎も、これなら納得でしょう。なにより、この80年間、2人が守ってきたまほろば小学校がバッチリ見えます」


「80年間、お疲れさまでした」


 私は、夢子さんと夢太郎くんにそう声をかける。


「お疲れさまでした」


「お疲れっス」


 ロボくんとスカイも、同じように2人にお礼を言った。


「さぁ。それでは、ボクたちは下に降りましょう。夢子も夢太郎も、なかなか会えなかった80年分、思う存分イチャイチャしたいところでしょう。ボクたちはきっと邪魔者です」


「そうだな。とりあえず、ロボ。お前、何か朝メシを作ってくれ」


「ははははは。もちろん、そのつもりで色々と用意してますよ」


 私たちは、屋根裏部屋から降りていく。

 ロボくんは、そのまま台所へ。

 私とスカイは、囲炉裏のそばで向かい合った。


「ねぇ、ところで……」


 私は、ずっと不思議に思っていたことを切り出す。


「昨夜、夢太郎くんを掘り起こしたのは、学校の敷地外だったよね? どうして彼は、あんなとこに埋められていたのかな? って言うか、あの場所から、どうやってウチの学校の男子生徒を守ってたんだろう?」


「あぁ……それは、何と言うか……時の流れだな」


「時の、流れ?」


「そう。実はさっき、ロボが家から貴重な物を持ってきてくれたんだ」


「貴重な物?」


「うん。この町の、昔の地図だ」


 スカイがすぐそばに置かれている、分厚くて古い、本のようなものを手に取る。

 私の前で、それを広げた。

 それは、何と言うか、たしかに地図だった。


 めっちゃ手書き。

 おまけにすっごくカビくさい。


「ここだ」


 スカイが、広げた地図の上を指さす。

 えっと、ここって……この裏山の近所、だよね……。

 じゃあ、スカイが指さしてるのは……え? もしかして、ここ、まほろば小学校?


 何、これ?

 どうなってんの?

 敷地、めっちゃ広くない?

 サッカー場とか、野球場とか、何個でも入りそうじゃん!


「昔のまほろば小学校は、めちゃくちゃ敷地が広かったんだ。それが時の流れとともに、今のサイズに変化した」


「ってことは……」


「そう。夢子と夢太郎が埋められた80年前――あの場所は、まだ学校の敷地内だったんだ。だから夢太郎は、学校の守り神として今まで機能し続けていた。なにしろ地上でどんな変化が起ころうとも、地面の下は何もカンケーがないからな」


「な、なるほど……」


「結局のところ、人間たちが勝手に作った境目なんて、アイツらにはまったくカンケーがなかったってことだよ」


「だからあれだけ学校内を探しても、夢太郎くんは見つからなかったんだ……」


「春世はまだ子どもだからよくわかんないだろうけど――まぁ、これだけは覚えておけ」


「は? スカイだって、さっぱり意味わかんない子どもじゃない」


「だからオレは、守り神だっつってんの!」


「はい、はい。わかったから。うん、はい、どうぞ。何?」


「この世界には――時が流れても、風景が変わっても、決して変わらないものってのがある」


「うん……」


「それはな、ココロだ。どんな生き物でも、アイツらのような人形でも、ココロだけは決して変わらない。目に見えるものしか信じない人間には、なるな。ココロだけを信じていくんだ。いいか? わかったか?」


「なんか、やっぱ意外だよ……」


「は? 何だ? オレ、今、すっごく良いことを言ってるんだが?」


「スカイってやっぱ、意外と、ちゃんとしてるんだね」


「お前……またしても、意外と、って……オ、オレはアレだぞ! めちゃくちゃすごいんだぞ! ビックリするほど、ちゃんとしてるんだぞ!」


「はい。お待たせしました。できましたよ」


 ロボくんが、お盆にのせた朝ごはんを持ってきてくれる。

 わぁ!

 何、これ?

 おかゆ?


 すごーい!

 朝からホッコリ!

 おまけに、謎草入ってるじゃん!

 それぞれのお椀を手にし、私たちは「いただきまーっす!」と、おかゆを食べはじめる。


 うん!

 サイコー!

 朝はやっぱ、こういうのだよね!

 ロボくんの味つけは、安定したおいしさだよ!


「しかし……昨夜の夢子と夢太郎のダンスは、素敵でしたね」


 おかゆを食べながら、ロボくんが言う。

 ハフハフとおかゆを食べながら、私はそれにうなづいた。


「うん。素敵だった。でも――どうして2人は、あの時、あんな風に人間みたいに踊れたんだろ?」


「神からのご褒美だろ? 80年間、お疲れさまっス♪ ってやつだ。しかし――ンめぇな、これ!」


 スカイがズズズズズとおかゆをすする。

 スカイ、あなたね、マジで、これからマナーを学びなさい。


「しかし春世は、ラッキーだったぞ」


「ラッキー?」


「あぁ。人間の一生なんて、意外と短いもんだ。その中で、お前はあんなに素敵なダンスを見れた。それって、ラッキーすぎるだろ」


「何、スカイ? あなた、おじいちゃん? おじいちゃんの、ワケわかんない教訓、的な?」


「なんでワケわかんないとか言うんだよ! 今、オレ、すっごく良い話! な、ロボ? オレ、今、すっごく良い話してた!」


 笑い声の中、私たちはおかゆの続きを食べる。


 でも、そうだね、スカイ。

 私、昨夜、とっても素敵なものを見たよ。


 80年間、離れ離れで埋められて、たまにしか会えなかった2人が、初めて自由になったシーン。

 あふれんばかりの喜びを、2人で分かち合うシーン。

 夢子さんはとても幸せそうで、夢太郎くんもそんな彼女を全力で抱きしめていた。


 愛し合う2人って、あんなに楽しそうな顔で踊るんだね。

 私もいつか、あんな風に、自分の愛する人と月明かりの下で踊れると良いな。


 なんか、あぁいうのって、私、すごく美しいと思うよ。

 すごくすごく、美しいって思うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロボくん、世界は素晴らしいね! 貴船弘海 @Hiromi_Kibune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画