10 月明かり

 穴の底は、なんだかとてもひんやりとしていた。

 少し、肌寒い。


 って言うか――この穴、マジで暗くない?

 それに、めちゃくちゃ狭いんですけど?

 私もロボくんもスカイも棺桶も、かなりギューギュー。


「穴はさっき鈴木春世さんが来る前に、魔法陣で掘っておきました」


 ロボくんの言葉に、私は上を見る。

 まん丸い、夜空に貼りついた一枚の月が見えた。


 ここ、マジで、穴の底。

 ロボくんが、スカイに言う。


「スカイ。周囲に人はいませんね?」


「もちろんだ。こんな棺桶を学校内に埋めるとか、誰かに見つかったら確実に通報される。ましてや中身は、人形とはいえ女の子。警察の事情聴取とか、まっぴらごめんだよ」


「ボクもです。それでは――さっさと夢子を埋めてしまいましょう。その前に――お別れでもしますか?」


 ロボくんが、棺桶のフタをずらす。

 真夜中のプール横、穴の底で――月明かりに照らされた少女の人形の顔が見えた。


 夢子さんは、棺桶の中で、静かに目を閉じている。

 まずはスカイが、彼女の顔を覗き込んだ。


「夢子。せっかく掘り出したけど……オレたちは夢太郎を見つけられなかった。ごめんな。オレらはべつにお前が地上にいてもいいんだけどさ、お前がここからいなくなると、夢太郎が災いをバラ撒くんだ。だから――悪く思わないでくれ」


 スカイが、夢子さんに短く頭を下げる。

 次に夢子さんの前に出たのは、ロボくんだった。


「夢子。夢太郎を探し出せなくて、すいませんでした。もちろん夢太郎の捜索はこれからも続けます。でもひとまず、もう一度埋まっておいてください。いつか、必ず……」


 そうほほ笑み、ロボくんが夢子さんから離れる。


 次、最後は……私の番……。


 私は、棺桶の前にヒザをつく。

 夢子さんの顔を見つめた。


 とても……とてもキレイな女の子。

 夢子さんがもし人間だったら、私、友だちになれたかな?

 たぶん私は彼女の美しさに、めちゃくちゃ憧れてたんじゃないかって思う。


「あの……夢子さん。夢太郎くんを探し出せなくて、本当にごめんなさい。でもこれから、絶対に探し出すね。だから待ってて。もう少し、この穴の中で休んでいてね」


 なんでだかわからないけど、私は涙を流していた。

 夢子さんは人形だけど、めちゃくちゃ残念で、とても悲しい気持ちになったのだ。


 夢子さんと夢太郎くんは、『設定』とはいえ、深く愛し合っている。

 なのに、人間のために離れた場所に埋められ、たまにしか会えなかった。

 そしてもう役目は終わったのに、二人は別々の場所に埋められたまま――。


 こんなのって……こんなのって、ないよ。

 私たち人間は、二人を掘り起こし、いっしょにいさせてあげるべきだと思う。

 だって夢子さんと夢太郎くんは、今までずっと私たちを守ってくれてたんだよ?

 あんなに、あんなに体を傷だらけにして……。


 私の両肩に、そっと手が置かれる。

 右肩はスカイ、左肩はロボくんだった。


「春世。お前は、何と言うか……良いヤツだな。こんな身代わり人形に涙を流せる人間なんて、いるんだ……」


「そんな風に言わないでよ、スカイ。夢子さんはたしかに人形だけど、誰よりも、ずっと、この学校の生徒だよ」


 私の言葉に、ロボくんがうなづく。


「そうですね。夢子はずっと、この学校の女子生徒たちを守ってきた。彼女には感謝しかありません。鈴木春世さんがおっしゃる通り、彼女は誰よりもこの学校の生徒ですよ」


「ま、そうだな……悪ぃ、春世。って言うか、夢子。オレが間違ってた。夢子は誰よりも、この学校の生徒だ」


 スカイの言葉に、私はうなづく。

 ロボくんが、夜空を見上げた。


「さぁ、そろそろ深夜0時になります。満月です。夢子を埋めましょう」


 ロボくんが、ずらした棺桶のフタを元に戻そうとする。

 その瞬間――私たちは、異常な光景を見た。

 ロボくんも、スカイも、自分たちの目の前で起こる不思議な出来事に、大きく目を見開く。


『次に来る満月は、特別な満月です。選ばれた者の願いが叶います』


 あの時のロボくんが、私の頭の中で言った。

 夜空から降りそそいできた月明かりが、まっすぐに、夢子さんの棺桶全体を包み込んでいる。

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