5 ひな人形のように

 屋根裏部屋から降りると、スカイが私にペットボトルのお茶をくれた。

 お茶は、なぜかめちゃくちゃ冷えている。


 スカイの家に冷蔵庫は見当たらないから、どこかに井戸でもあるんだろうか?

 それとも、彼の守り神パワー?


「昔からこの日本では、一部の学校で、本物そっくりの人形がまつられていたのです」


 囲炉裏の部屋に座ったロボくんが、そう語りはじめる。

 ペットボトルのキャップをひねり、私はひと口お茶を飲んだ。

 うん……冷た……おいし……。


「もちろん、それは多くの人々に知られた慣習かんしゅうではありません。言ってみれば、うら歴史。一部の者だけが、ひっそりと続けてきたものです」


「その、カンシュウっていうのは?」


「昔から続けられてきた伝統的な儀式、といった感じでしょうか? 夢子の場合は、おまじないのようなものです」


「おまじない……」


「鈴木春世さんは、3月3日のひな祭りをご存じですよね?」


「うん。そりゃあ、知ってるよ。ひな人形を飾って、お菓子を食べたりする」


「あの慣習は、平安時代初期からあります。そもそもひな人形は、けの人形として始まっているのです」


「魔除けの、人形?」


「はい。ずっと昔、この国は――良い薬もなければ、あまり清潔でもありませんでした。だから赤ちゃんが生まれてすぐに亡くなったり、子どもが病気で亡くなったりすることが多かったのです」


「そうなんだ……」


「その時、小さな命のはかない終わりを悲しんだ大人たちは……子どもたちの健康を祈りました。それによって作り出されたのが、ひな人形なんです」


「どうして健康を祈ったら、ひな人形になっちゃうの?」


「当時は、こう考えたんですよ。可愛い子どもたちの死、それは――家に入ってくるわざわい、つまり悪魔が、子どもたちをさらっていくのだと」


「災い……悪魔が……」


「子どもたちを悪魔にさらわれたくない大人たちは、ひな人形を作りました。ひな人形を飾っておけば、悪魔は人間の子と間違えて、ひな人形をさらっていく。だから、自分たちの子どもは守れる」


「それは、つまり身代わりってこと?」


「はい。病気の悪魔が子どもに憑りつこうとすると、そいつは間違ってひな人形を病気にする。同じように、ケガの悪魔が憑りつこうとしても、間違って人形にケガをさせる」


「……」


「もちろん、現代ではナンセンスな話です。だけど、子どもたちの健康を守りたい大人たちの必死なココロ――そんな願いが込められたものが、ひな人形なんですよ」


「なんか……めちゃくちゃすごい意味があるんだね、ひな人形って……」


「夢子とゆめ太郎たろうも、そんなひな人形の流れの中にあります」


「え? ちょ、ちょっと待って。いきなり新キャラ登場なんですけど? ゆ、夢太郎って?」


「『設定』では、夢子の彼氏です。つまり、二人は深く愛し合っています」


「えっと、それは……ようするに、両想い? カップル? って言うか、夢子さん、彼氏持ち……」


「はい」


「じゃあ、夢子さんの体があんなに傷だらけなのは……」


「夢子は、ボクたちが通うあの学校の女の子たちのために、あの場所に埋められていました。鈴木春世さんのような女の子が、本来受けるべきだった病気やケガを、彼女が代わりに受けていたのです」


「マ、マジで? じゃあ私、知らないうちに、夢子さんに助けられてたかもしれないってこと?」


「はい」


「夢子さんが……私たちの身代わりに……」


「でも――時代は変わりました。今はどこも清潔ですし、薬だって良いものがあります。病院も充実し、子どもたちが小さいまま亡くなることも少なくなった」


「ま、まぁ、そうだよね……」


「夢子の霊力も、もはやあまり残っていません。つまり夢子と夢太郎は、もうすでに役目を終えているのです」


 そう言ってロボくんは、夢子さんの棺桶がある天井を見上げた。


「あの夢子は、おそらく前の戦争の頃に、当時の大人たちが埋めたものでしょう。夢子と夢太郎は、通常、離れた場所に埋められます。夢子は女の子の、夢太郎は男の子の身代わりになるのです」


「え? ちょ、ちょっと待って。何、それ? どういうこと?」


「はい?」


「なんで二人を離れた場所に埋めるの? 二人は、めちゃくちゃ愛し合ってるんじゃないの?」


「くっつけて埋めると、二人がイチャイチャして、仕事をしなくなるからですよ」


「イ、イチャイチャ……」


「夢子と夢太郎は、とても愛し合ってる『設定』です。仕事がおろそかになってはいけません。だから二人は、たまにしか会えないのです。どちらかが良い仕事をした時だけ、二人は会うことを許されます」


「め、めっちゃ身勝手な『設定』じゃん! ひどいよ、人間!」


「身勝手ですよね。でも身勝手な『設定』にするくらい、当時の大人たちは子どもを守りたかったんですよ」


「ってことは――なぁ、ロボ?」


 ずっと黙っていたスカイが、ウンザリした顔で口を開く。

 お茶を飲んで少し落ち着いたのか、その場でゴロンと横になった。


「夢子の次は、夢太郎ってことか?」


「はい。そうなりますね。夢子があそこに埋まっていたということは、学校の敷地内に、夢太郎もいるはずです。彼を、何とかして探し出さないと」


「夢太郎くんが埋まったままだと、どうなるの?」


 私の言葉に、ロボくんが神妙にうなづく。


「夢子はここにいます。彼女がいないことに気づけば、夢太郎は必死になって彼女を探すでしょう。何しろ校内から夢子の気配が消えたわけですからね」


「もし、見つけられなかったら?」


「おそらく――あまり良くないことが起こります」


「良くないことって?」


「怒り狂った夢太郎が、夢子を連れ去った人間を呪うでしょう。これまで自分が受けた病気やケガ、つまり災いを、全部そこら中にバラ撒くかもしれません」


「あの、ちょっと、すいません、ロボくん……」


「はい?」


「なんでそんなデンジャラスな人形を、わざわざ急に掘り出したのでしょう?」


「――感謝ですよ」


「感謝?」


「夢子と夢太郎は、今までずっと子どもたちを守ってくれていました。でも彼らは今、その役目を終え、自由になれる」


「……」


「だったら……ボクは、愛し合ってる二人を、同じ場所に眠らせ、いっしょに過ごさせてあげたい。そう思ったんです」


「な、なるほど……」


「おまけに、もうすぐ奇跡が起こる満月です。選ばれた者の願いが叶う、特別な日。だからボクは、今日、夢子を掘り起こす決意をしました」


「つまり、ずっと地中に埋められていた二人が、地上に戻ってくるっていう奇跡?」


「はい。何ごとにも、お日柄って重要じゃないですか。稲刈りのようなものです」


「ま、まぁ……人間は今まで、自分たちの都合で、愛し合う二人を離れ離れにさせてたんだもんね……」


「はい。そんな二人を解放し、いっしょに仲良く過ごさせてあげる。それもまた、人間のやるべきことではないかと考えました」


「でも……夢太郎くんがブチギレたら……」


「大丈夫です。夢太郎は、そんなにすぐに怒り出しませんよ。きっとしばらくは、校内で夢子を探すはずです」


 ロボくんが、その場を立ち上がる。


「では、鈴木春世さん。そろそろ帰りましょうか。暗くなると、ご両親が心配されます」


「ま、私、今、体操着ですけどね」


「一旦、学校に戻りますか?」


「よろしく」


「明日から、夢太郎を探すのを手伝っていただけます?」


「もちろんだよ。そういうことなら、私も明日から夢太郎くんを探す」


「ありがとうございます」


「なぁ、おい、ロボ。ちょっと待て。オレにもお願いしろ。言っておくけど、オレは春世より、今日めっちゃ穴掘ったぞ」


「スカイもよろしくお願いしますよ。今度また何かおいしいものを作りますから」


「そういうことなら、まぁ――オレも鬼じゃねぇ。手伝ってやろうじゃねぇか。ったく、ロボ、お前はいつもアレだな? オレがいなきゃ、ナンもできねぇな! はっはっはっはっはっ!」


 なんだか偉そうに、スカイが笑う。

 そんな彼に肩をすくめ、私とロボくんはスカイの家を出た。


 明日から、ロボくんとスカイといっしょに、夢太郎くんの捜索がはじまる。

 だけど……ロボくんは夢太郎くんが埋まってる場所がわかってるのかな?


 あの不思議アンテナ、本当に役に立つんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る