4 夢子さん

 30分後――私たちは、スカイの山小屋にいた。


 初めて入る、彼の家の屋根裏部屋。

 って言うか、ここ、上にこんな部屋があったんだ。

 見かけはフツーの農具置き場って感じだけど、ひょっとしてスカイんちってオシャレ物件?


 掘り起こした夢子さんの棺桶は、ロボくんが魔法陣を使って、一瞬でここまで移動させた。

 私たち三人も、ついでにいっしょにひとっ飛び♪


 うふふふふ。

 ロボくんの魔法陣って、ホントに便利だなぁ。


 これからは、大きな買い物をする時、ロボくんについてきてもらおう!

 魔法陣を使えば、どんなに重くてデッカイ物でも、一瞬で家までワープ♪

 自転車より、タクシーより、自家用車より、魔法陣って、サイコー便利!

 しかもタダ!


 うふ♪

 うふふ……う……うふふふ……。


 いや……私、ぜんぜん笑えません……。


 私たちの目の前に横たわった、泥だらけの古い棺桶。

 それを見つめながら、私はめちゃくちゃドヨ~ンとしている。


 あの、これ――マジなやつなんでしょうか?

 中には、その、人様のご遺体が入ってる?

 って言うか、そんなの勝手に、こんなとこに持ってきていいんでしょうか?


「さて、それでは開けてみましょう。一体、何十年ぶりになるんでしょうね?」


 ロボくんが、フツーに言った。

 スカイが、それにうなづく。


 二人が棺桶に近づいていくのを見て、私は「えぇ……」と顔をゆがませた。

 バールのような工具を手にしたスカイが、「ほんじゃ、行くぞ」と棺桶のフタにそれを差し込んでいく。

 ギギギギギ……というイヤな音が、屋根裏部屋にひびきわたった。


「ちょ、ちょっと待って、スカイ!」


 そこで私は、思わずスカイの腕にしがみつく。

 スカイが「あぁ?」と、不思議そうな顔で私を見た。


「『あぁ?』じゃないよ! スカイ、あなた今、自分が一体何をしようとしてるかわかってんの?」


「そりゃトーゼン、わかってるが?」


「『わかってるが?』でもない! いい? これはゼッタイに開けちゃダメ! 夢子さんだって、開けられたくないはず!」


「夢子はたぶん、出たいと思ってますよ」


 ロボくんが、またしてもフツーに言う。

 めずらしく、私はそんなロボくんにイラッときた。


「なんで夢子さんの気持ちをロボくんが決めるの? 夢子さん、何十年もこの中で眠ってたんだよ? だったら、このまま静かに眠らせといてあげようよ!」


「は、はぁ……まぁ……」


「それに、もぉ……何十年でしょ? きっと、中は、もンのすンごいことになってる! ゼッタイ!」


「すいません、鈴木春世さん。ボクたちはこの棺桶を開けなきゃならないんです。それは、夢子のためでもあるんですよ」


「夢子さんのためって――そんなの、夢子さん、ゼッタイに望んでない!」


「スカイ。鈴木春世さんを、ちょっと押さえておいてください。夢子の無事を確認したら、すべての事情を説明します」


 ロボくんが言うと、スカイが後ろから私の肩をつかんだ。

 スカイ、すごい力。

 だけどやさしい声で、私のことをなだめてくる。


「悪ぃ、春世。頼むから、今はおとなしくしてくれ。夢子が、数十年ぶりにこの世界に帰ってくるんだ。オレたちは、静かに彼女を迎えてやりたい」


「静かにって! こんなの、ゼッタイに許されないよ!」


「大丈夫。これは夢子のためなんだ。夢子は、もう疲れている。彼女は今まで、めちゃくちゃ頑張ってきた。そう、お前たちみたいなガキのために」


「わ、私たちみたいな?」


 バキバキバキバキバキ!


 工具のテコの力で、ロボくんが棺桶のフタを開ける。

 わずかなすき間、その奥に、深い闇が見えた。

 そこに手を入れ、ロボくんが思いっきりフタを持ち上げる。

 フタは、意外とあっさり、壊れずに開いた。


「あぁ……」


 私は、思わずそんな声をもらす。

 そして自分の顔を、両手でおさえた。


 私、見たくない……。

 何十年も棺桶の中に閉じ込められていた、夢子さんという人のご遺体なんて、ゼッタイ、見たくない……。


 屋根裏部屋に、棺桶から出た、なんともカビくさい匂いが充満していく。

 こ、これが……遺体の匂い……。


 でも、想像してたほど、気持ち悪くはない。

 だけどこれは、やっぱりあまり気持ちの良い匂いではなかった。


 あらかじめ開けておいた屋根裏部屋の窓から、棺桶に閉じ込められていた何十年も前の空気が、静かに流れ出ていく。

 目を閉じた、私の視界の暗闇。

 その中で、ロボくんの静かな声がひびいた。


「なるほど。夢子はめちゃくちゃ頑張ってきたんですね。ありがたいことです」


 ロボくんの声は、とても落ち着いていた。

 私の肩から手を離し、スカイがそちらに歩いていく音が聞こえる。


「うぉぉぉ……こ、これがオレらの小学校の夢子か。想像してた以上の、かなりのベッピンさんだ。美しすぎる。初めて見たぞ」


 そうつぶやいたスカイが、こちらに戻ってくる気配がした。


「なぁ、春世。お前も見てみろよ。すごいぞ、夢子は。めちゃくちゃ美人だ」


「ヤ、ヤダよ! なんで私が、人の遺体なんか見なきゃいけないの!」


「いいから見てみろって。夢子はお前が想像してるような代物じゃない。まさに日本の宝。彼女のこの姿を、お前は見てやるべきだと思うぞ」


 スカイがムリヤリ、私を夢子さんの棺桶に引っぱっていく。

 イ、イヤだ!

 私、ゼッタイ見たくない!


 そう思って、私はスカイの手を振り払う。

 だけどその時――一瞬だけど、私は目を開いてしまった。

 閉じる間もなく、ついに私はそれを見てしまう。


 え……。

 な、何、これ?


 何十年も埋められていた遺体にしては、なんだか服がキレイくない?

 遺体じゃ、ないの?

 怖いもの見たさも手伝い、私はゆっくりとおびえた足取りで棺桶に近づいていく。


 そこに横たわっているのは――私と同じ歳くらいの女の子だった。


 彼女のルックスは――ケッコー、いや、めちゃくちゃ可愛い。

 って言うか、美人。

 そんなキレイな女の子が、このカビ臭い棺桶の中に、お行儀よく横たわっている。

 まるで眠り姫みたいに、静かに目を閉じて。


 この人が、夢子さん……。


 でも、なぜだろう?

 夢子さんの体のアチコチ、おデコやホッペ、スカートやブラウスから肌が出ている部分には、たくさんの傷あとが残っていた。

 切り傷だったり、打撲したアザみたいだったり。


 ケガを、してるの?

 だけどそこに、出血したようなあとはない。


「ねぇ、スカイ……夢子さんは、その……生きてるの?」


「生きてはいない。夢子はもともと、生命体ではないんだ」


「生命体では、ない……」


「人形だよ。夢子は、昔、この町の職人さんによって作られた、ただの人形なんだ」


「人形……」


 人形と言われて、私は棺桶に横たわるその少女を覗き込んでみる。

 た、たしかに……。

 この人、夢子さんは……人形だ……。

 本物そっくりだけど、人間の肌じゃない。


 静かに目を閉じている夢子さんを、私はジッと見つめる。

 もう、夢子さんのことは怖くなかった。


「さて。下に行って、お茶でも飲みながら話しましょうか」


 そう言って、ロボくんが屋根裏部屋の出入口に向かっていく。

 スカイも「いや、マジで、なんか飲もうぜ。ノドがカラッカラだよ」と彼に続いた。

 だけど私は、目の前の棺桶から目が離せない。


 ね、ねぇ、2人とも……これって、マジで、一体何なの?

 夢子さんが、人形っていうのはわかった。


 だけど――なんでこんな本物そっくりな人形が、小学校のプールの横に埋められてたの?

 おまけにどうして夢子さんは、こんな風に、全身が傷だらけなんだろう?


 なんて言うか……彼女、めちゃくちゃ痛そうだよ……。

 なんか、かわいそうな感じ……。

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