3 穴の底から顔を出す

「に、日本の宝って……そんなのが、今、私たちの足の下に埋まってるの?」


「はい。埋まってます。ボクの不思議アンテナが、このあたりで反応したんです」


 後ろを振り返りながら、ロボくんが言う。

 彼の視線の先には、色んな穴掘りグッズが転がっていた。

 そのすぐそばに、いつも彼が机の上に設置している、小さなパラボラアンテナが見える。


 例の、謎グッズ……。


 で、だから……あの、ロボくん。

 結局、あのアンテナ、何?

 私、いまだに謎すぎるんですけど……。


「日本の宝か。うん。そりゃあ、まぁ、きっと、さぞかしすごいんだろうな。で、ロボ。それはアレか? 甘いのか? それともちょっとピリ辛な――」


 スカイの言葉に、ロボくんが肩をすくめた。


「いえいえ。食べ物ではありませんよ」


「は? 食べ物じゃない? ざけんなよ、お前! そんな食えないもののために、オレはこんなに汗水たらして、穴を掘ってんのか?」


「頑張って穴を掘る価値があるものです。スカイだって、たぶん聞いたことがありますよ」


「聞いたことがあろうがなかろうが、食えない物に興味はない。悪いが、ロボ、オレはもう帰るぞ。帰って、メシを炊かなきゃ――」


「ここに埋まってるのは――『夢子ゆめこ』なんですけど?」


 その言葉を聞いた瞬間、スカイが帰りかけた足をピタリと止めた。

 信じられない表情で、ロボくんを振り返る。


「ゆ、夢子、だと?」


「はい。夢子です」


「お、おい、ロボ! それ、マジなのか?」


「はい。マジですよ」


「この学校って、夢子がいたのかよ!」


「はい。どうやらいたようです。ボクの不思議アンテナが、このあたりで夢子の反応を示しました」


「おい、おい、おい……だったら、それ、めちゃくちゃ丁寧に掘り出さなきゃいけねぇじゃねぇか! オレ、超テキトーに掘ってたわ!」


 戻ってきたスカイが、デリケートに作業を再開する。

 めっちゃ真顔。

 スカイのそんな反応に、私は首をかしげた。


「何なの、スカイ? どうしてそんな急に、丁寧になるの?」


「いや、どうしてって……夢子だぞ? そりゃあ、丁寧にもなる」


「だから、その夢子って、何? 日本の宝ってことは、財宝? 江戸時代、的な?」


「実際のところ、大判・小判なんかより、もっと重要なものだ。しかしロボ。どうしてお前、夢子なんかを……」


 顔色を変えたスカイに、ロボくんがうなづく。


「時代は変わりました。夢子はすでに、その役目を終えています。だから掘り起こして、フツーの環境で生活してもらおうと思ったんです」


「な、なるほど……そりゃあ、まぁ、そうだな……つまり、これまでの感謝の気持ちを込めて、ってことか?」


「はい。そういうことです」


 二人の会話に、私はさらに首をかしげる。


 だから、あの……その、夢子って、何?

 って言うか、誰?


 これまでの感謝の気持ち?

 ロボくんも、スカイも、言ってることの意味がわかんないよ。


 でも、夢子が一体何なのか?

 それを追求するパワーは、もはや私には残っていなかった。


 穴を掘るのに疲れ果てた私は、ケッコー深くなってきた穴から地上に這い上がる。

 ボンヤリと、作業する二人を見下ろした。

 夢子には興味があったけど、もぉ、すっごく、めちゃくちゃ疲れたよ……。


 夢子の名前を聞いてからのスカイは、作業スピードが劇的にアップしていた。

 しかも、めっちゃ丁寧。

 あっという間に、彼らの背丈分くらいの穴ができあがっていく。


 って言うか、今思ったんだけど――ロボくん、これ、先生の許可を取ってるの?

 べつに悪いことをしてるわけじゃないけど、学校の敷地内にこんだけ深い穴を掘るとか、絶対に怒られそう。


 あぁ、でも、そんなことは、もうどうでもいっか……。


 私、マジで疲れたよ……。

 ジュース、飲みたい……。

 この際、水でもいい……。

 私がそう思った瞬間、二人のクワの先で、何かがガリッ! と、鈍い音をたてた。


「お、おい、ロボ!」


「はい! ちょっと待ってください!」


 ロボくんがクワを置き、例のオタマでガリガリと地面をこすり始める。

 何か手ごたえを感じたのか、オタマさえ放り投げ、ロボくんは小さなホウキで、穴の底をサッサッと掃きはじめた。

 スカイはロボくんのとなりで、私は地上から、静かにそれを見守る。


 そして――私たちは、見た。

 穴の底から姿を現した、大きな木箱のような物を。


 箱の表面には、何か黒い文字のようなものが彫られている。

 その部分を、ロボくんが手早く、小さなホウキで掃いた。


 土が払いのけられ、文字がクッキリと浮かび上がってくる。

 私にも、それが確認できた。


 夢子


 なんかめちゃくちゃ美しい文字が、そこにはしっかり記されている。


「こ、これは……マジで夢子……おい、ロボ! マジで夢子だぞ!」


「はい! もう一息です! さぁ、夢子の棺桶を引き上げましょう!」


「……は?」


 ロボくんとスカイの会話に、私は思わずそう声をもらす。


 えっと……あの……ロ、ロボくん?

 スカイ?

 今、何て言った?

 ひょっとして――棺桶、って言わなかった?


 ちょ、ちょっと待って!

 私たちが今まで掘ってたのって、か、棺桶だったの?

 って言うか、今、穴の底から顔を出してるこの木の箱、これ、棺桶?


 じゃあ、つまり、その夢子さんって――ひょっとして亡くなってる?

 だから、埋められてるってこと?


 カ、カンベンしてよ!

 ダ、ダメでしょ、そんなこと!

 せっかく地面の底で静かに眠っているご遺体を掘り返すとか、そんなの絶対やっちゃいけないことじゃない!


 一体何を考えてるの、ロボくん!

 スカイも!


 って言うか、なんでそんなのが日本の宝なわけ?

 さらに、さらに、さらに!

 なんでそんな棺桶みたいなのが、小学校のプールの横に埋まってんの!

 マジで!

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