2 日本の宝

「今日はお二人に、ちょっとお手伝いしていただきたいことがあるのです」


 ロボくんが、サラッと言った。

 ボーゼンとしている私に、彼が大きなスコップを差し出す。


「鈴木春世さん、手伝ってください。今日は穴を掘らなければならないのです」


「え……あの、私? 私が、穴を掘るの?」


「はい。もちろんタダとは言いません。あとで謎草を使った、とってもおいしい料理をごちそうしますよ」


「なんで、その……穴を?」


「そろそろ奇跡が起こる日なんですよ」


「奇跡が、起こる日?」


「はい。もうすぐ満月でしょう? 次に来る満月は、特別な満月です。選ばれた者の願いが叶います。ボクはずっと、この時を待っていました」


「は、はぁ……」


「こういう時は、何が起こるかわかりません。やるべきことを、きちんとやっておくべきです。だから、どうぞ!」


 ロボくんが、スコップをさらに私に差し出す。

 ごめん、ロボくん……。

 言ってる意味が、私、さっぱりわかんない……。


「あ、あのね、ロボくん」


「はい。何でしょう?」


「私、一応、女の子なんだけど?」


「はい。そうですね」


「だから、ほら……ね?」


「あ、あぁ……つまり、それは……棄権、ということですか?」


「う、うん。まぁ……」


「それは――残念です。これ、とっても良い運動になると思ったんですけど……」


「とっても良い……運動……」


 それは――今の私にとって、めちゃくちゃ魅力的なパワーワードだった。


 穴を掘る → とっても良い運動 → 痩せる?

 マ、マジか!


「って、思ってたんだけど――オッケー! ロボくんのお願いだ! 私、頑張っちゃう! 穴、めちゃくちゃ掘っちゃう!」


「そうですか! 良かった! ありがとうございます、鈴木春世さん!」


「でも今はスカートだから、ちょっと体操着に着替えたい。それくらいの準備、いいでしょ?」


「もちろんです。すいません。お手数をおかけします」


「いいって、いいって。じゃ、ちょっと行ってくる!」


「ボクとスカイは、先に作業を始めておきます。プールの横のあたりです。着替えたら、そちらの方に」


「了解!」


「いや、ちょっと待てよ、ロボ。ひょっとしてオレは、アレか? 問答無用でお前の手伝いが決定してんのか?」


 ブツブツと不満げなスカイを放置し、私は走って5年2組の教室に戻る。

 体操着を取り、トイレの中で着替えた。


 いや、これ、ホント、めちゃくちゃチャンスだよ!

 ロボくんのお手伝いもできるし、私も痩せる!

 一石二鳥ってやつ?


 よし!

 なんだかよくわかんないけど、私、穴掘りを頑張る!

 そしてナイスバデーを手に入れる!


 着替えを終え、プールの横に行くと、ロボくんとスカイは、すでに穴を掘りはじめていた。

 なぜだかわからないけど、いつの間にかスカイも、ロボくんと同じエプロンをしている。

 スカイのエプロンは、空のようなブルー。

 そこに転がっているクワを拾いあげ、私は二人の穴掘りに加わった。


「本当にすいませんね、鈴木春世さん。女の子なのに、こんなことを手伝わせちゃって」


「いいって、いいって。ロボくん、私ね、こう見えても穴を掘るのがうまいんだよ?」


 「うぉぉぉぉぉ!」と、めちゃくちゃ本気で、私は穴を掘る。

 すると、横にいるスカイが、ココロの底からシラケた顔で「やれやれ」と腰を伸ばした。


「なぁ、ロボ。春世がダイエット目的で穴を掘るのはわかるんだが……なぜオレが、こんなことを手伝わなきゃならない?」


 スカイの言葉に、私のこめかみがピキッと音を立てる。


「ねぇ、スカイ。あなた、今、何か聞き捨てならないことを言わなかった?」


「え、何? あ、ダイエット? いや、だって、お前、ダイエットが目的なんだろ?」


「はぁ? 誰が言ったの、そんなこと?」


「いや、だってお前、ここんとこ、ちょっとホッペがふっくらしてるじゃないか。つまりアレだ。食欲の秋ってやつだな」


「サイッテー! やっぱスカイって、マジでサイテーだよ!」


「え? なんで? ホッペがふっくらするのは良いことだろ?」


「うるさい! もう黙って! とっとと穴を掘りなさい! めちゃくちゃ深い穴が掘れたら、私があなたを埋めてあげる!」


「なんでだよ! ホッペがふっくらするってことは、食生活が豊かってことだろ! オレは褒めてるんだぞ!」


 女心がさっぱりわかってないスカイをシカトし、私はモクモクと穴を掘り続ける。

 三人で、十分も作業をすると、わりと深い穴が掘れた。

 そこまで来て、私はふと思い出す。

 スカイのあまりの無神経さに、ムカつきまくって忘れてた。


「ところでさぁ、ロボくん」


「はい。何でしょう、鈴木春世さん?」


「ここまで来て、今さらなんだけど――」


 クワの手を止め、私はグググッと背中を伸ばす。

 穴掘りって、意外とキツい……。

 なんか、腰が痛くなってきたよ……。


「これ、この穴、一体何のために掘ってるの?」


「あぁ、言っていませんでしたか。ここには、その、とても大事なものが埋まっているのです」


「とても大事なもの?」


「なぁ、ロボ。オレも思ったんだが――」


 私とロボくんの会話に、スカイが割り込んでくる。


「これさぁ、お前の魔法陣で、一発バシッと穴を掘ったらいいんじゃねぇの? そうすりゃ一秒で終わるじゃん? なんで手で掘る?」


「深さがわかりませんからね。この下にあるのはとても大切なものです。魔法陣を使って、もし傷でもついたりしたら……」


「じゃあオレの守り神パワーで、ちょっくら吹っ飛ばすか?」


「そんなことをしたら、影もカタチも残りませんよ。ダメです」


「ねぇねぇ、ロボくん」


 今度は、私が二人の話に割り込む。


「その、この下に埋まってる、とても大切なものって――結局、何なの?」


「あぁ。まぁ、その、何と言ったらいいのかわからないのですが……」


 クワの手を止め、ロボくんが額の汗をぬぐった。

 まっすぐな瞳で、私にそれを告げる。


「この学校に通っている者たちの宝です。大きく言ってしまえば――『日本の宝』といったところでしょうか?」


「は、はい?」


 あまりのスケールの大きさに、私は完全に言葉を失った。

 に、日本の、宝?


 それって、ど、どんなの?

 一体、どのくらいの大きさ?


 って言うか、そんなすごいもの、私たちみたいな小5が掘り起こしていいの?

 ううん。


 なんでそんなのが――こんな田舎の小学校の、プールの横に埋まってんの!

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