第3話 運動場のマボロッシー

1 山崎さんが引っ越す

「鈴木さん、色々とお世話になったね」


「え? 何? どうしたの?」


「私ね、来週ここから引っ越すことになったんだ」


「ら、来週?」


 放課後――帰る準備をしていると、山崎佳穂かほさんが私の席にやってきた。

 で、いきなりそんなことを言われたのだ。


 山崎さんはウチのクラスの、とっても可愛らしい女の子。

 いつだってニコニコしてる、けっこうモテモテな美人さんだ。


「引っ越すって……な、なんで? ちょっと、いきなりすぎない?」


「うん。いきなりだね。でもしかたがないの。お父さんの仕事の都合だから」


「お父さんの仕事の都合……うーん、だったら、まぁ、しょうがないのかなぁ……」


「鈴木さんは、さみしくなってくれる?」


「え? そりゃ、さみしいよ。だって私、時々こうして山崎さんとおしゃべりするの、ケッコー楽しかったし……」


「鈴木さんにそう言ってもらえると、なんだかうれしいな。ありがとう」


「えー、でも、来週かぁ……来週は、ちょっといきなりすぎるなぁ……」


「私もね、ホントはここを離れたくないんだ。ここ、すごくステキな町でしょう?」


「山崎さんって、トータルで何年くらい、このまほろば町に住んでたの?」


「えっと……2年くらい? 小3の頃、転校してきたし……」


「2年かぁ……2年って、わりと長いよねぇ……色んなことが、あっただろうし……」


「あったねぇ……でも全部、楽しいことばかりだよ……」


「そっか……じゃあ、この町で、何かやり残したこととか、あったりする?」


「やり残したこと……」


 山崎さんが、窓の外の運動場を見つめた。

 少しだけ、さみしそうな顔をする。


「やり残したことと言ったら……やっぱりマボロッシーかなぁ……」


「マボロッシー?」


 山崎さんの謎ワードに、私は首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る