2 マボロッシー

 それから山崎さんは、マボロッシーについて話してくれた。

 これまで誰にも話したことがない、「秘密の中の秘密」な話。


 今から2年ほど前――私たちが、まだ小3だった頃。


 当時、よそから転校してきたばかりの山崎さんは、友だちが一人もいなかった。

 だからいつも放課後、学校のブランコに乗って、ボーッと運動場を見ていたらしい。


 そんなある日――山崎さんは、初めてマボロッシーを見た。


 山崎さんの話によると、マボロッシーは、ズバリ、現代には存在しない生物だ。

 当時の山崎さんが図書室で調べたところ、マボロッシーのルックスは、ジュラ紀・白亜紀の首長竜くびながりゅうにそっくり。


 運動場の地面からのっそりと長い首を出す、数メートルの首長竜。

 彼(彼女?)は、その時、ボーッと空を見上げていたらしい。

 そう。

 つまり、友だちがいなくて運動場を見つめるしかない、山崎さんと同じように。


 初めてマボロッシーを見た時、山崎さんはもちろん驚いた。

 でも「これはきっとまぼろしなんだ」と思った。


 だって首長竜なんて、現代に存在するわけがないのだから。

 しかも目撃するのが、学校の運動場とか……。


 だけどマボロッシーは、たしかに山崎さんの前にいて、何度か目が合った。

 しばらくの間、山崎さんが観察していると、いつの間にかその首長竜は姿を消してしまったのだそうだ。


 それが、山崎さんとマボロッシーの、初めての出会いだ。


 山崎さんは、そのことを決して誰にも話さなかった。

 もし話せば、絶対みんなに、ものすごくバカにされそうだったから。


 たぶんあれは、本当に幻だったんだ……。


 山崎さんは、そう思うことにした。

 だけど翌日の放課後――彼女はふたたび運動場に行き、ブランコに座った。

 マボロッシーの姿を確認するためだ。


「やっぱり……いる……」


 マボロッシーは前日と同じように、運動場から首を伸ばしていた。

 そしてしばらくすると、フッと消えてしまう。


 それからの山崎さんは、放課後になると、毎日ブランコに乗りに行った。

 マボロッシーは、それから何度も、運動場に姿をあらわしたらしい。

 たまに、マボロッシーの姿が見えないこともあったけれど。


 そしてマボロッシーの観察ノートを記録しているうちに、彼女はマボロッシーが姿を現す『条件』のようなものに気づく。


 マボロッシーは、放課後、誰もいなくなった夕暮れの運動場にしか、姿をあらわさない。

 人がたくさんいる時や、雨の日には出てこない。


 何度か会っているうちに、マボロッシーは山崎さんになれたのか、近づいてくることもあったらしい。


 つまり山崎さんとマボロッシーは、なんとなく友だちになっていたのだ――。

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