4 首長竜に負ける

「は、春世……お前……マジか? ウケるな、おい……」


 私の話を聞いたスカイが、お腹を押さえながらクスクスと笑っていた。

 私とロボくんとスカイは、3階から下駄箱への階段を下りている。


「何、スカイ? そんなに面白い?」


「いやいや。面白すぎるだろ、それ? 運動場に首長竜とか、それ、一体どんな状況だよ? ウケる……くっそウケる……クククククク……」


「私、真面目なんだけど? 山崎さんが転校するんだよ? 最後に会わせてあげたいって思うじゃん」


「スカイ。鈴木春世さんは真剣なんですよ。人が真面目に話をしている時に笑うとか、品性ひんせいに欠ける行為です」


 ロボくんの言葉に、スカイが「あ、いや、すまん……」と謝る。

 だけどスカイの口のはしっこには、まだ笑いが残っていた。

 ロボくんが続ける。


「しかしそれは、なかなか興味深いお話ですね。運動場に、首長竜ですか……」


 やっぱり。

 ロボくんは、絶対こういう話が好きだと思った。


「で、鈴木春世さん。その首長竜の名前は何でしたっけ?」


「マボロッシー。幻かもしれないから、マボロッシー。ネス湖のネッシーをもじってつけたみたい」


「なるほど。スカイ。キミはどう思いますか?」


「どう思うって……幻かもしれないから、マボロッシー……ダジャレすぎるだろ? しかもまったく、おもんない」


「そうではありません。運動場に首長竜があらわれる可能性についてです」


「は? 大丈夫かよ、ロボ? そんなもんが運動場にあらわれるわけがないだろ? フツーに考えろ」


「ボクは、真面目に聞いてるんですよ。裏山 空くんではなく、スカイ、キミにね」


 ロボくんに真顔で言われて、スカイが「やれやれ」とため息をつく。

 めんどくさそうに、口を開いた。


「……なんらかの作用によって、時空がゆがんでんじゃねぇの?」


「やはりキミもそう思いますか……」


「何? 何? 時空が歪んでるって、どういうこと?」


 私が聞くと、ロボくんが「うーん」と考え、1階の下駄箱の前で立ち止まった。


「つまり……何らかの偶然によって、ボクたちが今いる現代と、マボロッシーが住んでいた恐竜の時代が、つながってしまっているということです。この間の、昭和の花火大会と同じように」


「現代と、恐竜の時代が、つながってる? この学校の、運動場で?」


「はい。山崎佳穂さんがおっしゃっていることが本当ならば、そうとしか考えられません」


「そ、そんなことって……」


「今は放課後。ちょうど運動場も夕陽に照らされていますね」


 1階に着き、ロボくんが下駄箱から外を見る。

 そんなロボくんを見て、スカイがまためんどくさそうに言った。


「おいおい、ロボ。まさかお前、この話に首をつっこむつもりじゃないだろうな?」


「転校する山崎佳穂さんを思う、鈴木春世さんの気持ちを無視することはできませんよ」


「マジかよ、お前? 今日オレんちでメシを作ってくれる約束だろ? オレはお前が作ってくれる山菜さんさいの炊き込みごはんを、朝からずっと楽しみにしてたんだぞ!」


「ではスカイも手伝ってください。山菜の炊き込みごはんは、そのあとです」


 ロボくんの言葉に、私はほほ笑む。


「もしかしてロボくん、今から見に行ってくれるの?」


「はい。調査のタイミングとしては、最良さいりょうだと思います。さぁ、行きましょう」


 靴を履き替え、私たちは運動場に向かう。

 スカイも、結局私たちのあとをついてきた。


「でも山崎佳穂さんがおっしゃることが本当なら、ボクたちはこれから首長竜を見ることになりますね。なんだかワクワクします」


 ロボくんが、全然ワクワクしてなさそうな無表情で言う。

 でもロボくんって、やっぱりイケメン……。

 ルックスもハートも。

 頼りになる。


「なぁ、ロボ。しかたないから付き合ってやるけど、そのかわり、明日の晩メシも作ってくれよ。パスタ、パスタな。オレ、シーフードがいい」


 スカイは……ダメだ……。

 高身長でイケメンだけど、基本的に食べ物のことしか考えてない。

 バカって言ったら失礼だから、これからはアホンダラって呼ぶことにするね♪


 でもこの人、ホントに裏山の守り神なのかな?

 ぜんっぜん神様感が無いんですけど?


 でも私たち、もしかしたらこれから首長竜に会うかもしれないんだ……。

 えっと……首長竜って、怪獣みたいなやつだよね?


 私、たった今、気づいたんだけど……そんな大きな古代生物に会って、大丈夫なんだろうか?

 食べられたりしない?


「ロ、ロボくん。私、思うんだけど……校舎の中から見た方がいいんじゃないかな? だって、ほら、首長竜って、すっごく大きいやつでしょ? 危険かもしれない……」


「鈴木春世さん」


「は、はい」


「放課後。夕暮れ。ブランコ。条件は、なるべく山崎佳穂さんと同じにした方がいいと思います」


「そ、それはわかっていますけれど……」


「鈴木春世さんが行かないとおっしゃるのであれば、ボク一人で見てきますよ」


「ロボくんが? 一人で?」


「はい。ボク、一人で」


 私が「えぇ……」ととまどっていると、スカイが私の服のそでを引っぱる。


「やめとけ、春世」


「な、なんで?」


「は? 見てわかんないのかよ?」


「わかんない? 何が?」


 スカイがアゴの先で、前方を突く。

 私たちの前をスタスタと歩く、ロボくんの背中が見えた。


「ロボくんが――何?」


「わかんねぇのか? あいつ、ノリノリだよ……もはやお前が止めても言うことを聞かない状態。めちゃくちゃ首長竜を見たがってる……」


「マジか……」


 無表情だからよくわかんないけど、た、たしかに……ロボくんの動きが、いつもよりキビキビとしてる……。

 えっと、あの……何なの、ロボくん?


 ものすごく、やる気になってない?

 こないだ私と二人で昭和の花火大会を見に行った時より、なんだかうれしそうじゃん……。


 ひょっとして私、首長竜に負けたの?

 ロボくんにとって、私より、首長竜の方が魅力的ってこと?


 そりゃないよ、ロボくん……。

 私、トホホすぎるでしょう……。

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