5 運動場が、海に

 そして私たち三人は、運動場に到着した。

 二つ並んだブランコに、私とロボくんが座る。

 スカイは、ロボくんの後ろに立っていた。


 三人で――夕暮れに染まった運動場を見つめてみる。


 何も……見えなかった……。

 首長竜どころか、誰もいない運動場に乾いた風が吹いていた。


「何も……いないね……」


 ガッカリと、私はつぶやく。

 だけどとなりにいる二人は、めちゃくちゃ真剣な顔でだだっ広い運動場を見つめていた。


「スカイ、これは……」


「あぁ、驚いたな……一体、どうなってるんだ?」


 なんだか二人だけがビックリしている。

 私は自分のブランコを下り、ロボくんのとなりに行って、目の高さを彼に合わせた。

 でも……やっぱり何も見えない……。


「な、何なの? 二人には、何か見えてるの?」


「あ、あぁ、すいません……鈴木春世さんには見えなかったですね……」


 ロボくんがブランコから立ち上がり、足元に置いていたランドセルの中身を探る。

 中から短い木の棒を取り出し、それをシュルシュルと伸ばした。


 今日の謎グッズは、わりと地味な感じ。

 フツーの、長い杖。

 いや、たぶん、全然フツーじゃないんだろうけど。


 その杖を使い、ロボくんが運動場に奇妙な模様を描きはじめる。

 この間、昭和の花火大会に行った時と同じ、魔法陣だった。


「さっきスカイが言ったように、ここはたしかに時空が歪んでいます。でも力が弱いですね。おそらく山崎さんが首長竜を見た頃は、まだまだ力が強かったのでしょう」


「も、もしかして――い、いるの? 首長竜」


「どうぞ、鈴木春世さん。魔法陣の中にお入りください」


 ロボくんに言われて、私はおそるおそる魔法陣の中に入っていく。

 そして「え……」と息を飲んだ。


 さっきまで乾いた風が吹き抜けていた運動場の土。

 それがいつの間にか――海になっていた。

 私の目の前で、ビュービューとした強い風が吹いている。

 それにあおられた波が、ものすごい勢いではげしく踊った。


「ど、どうなってるの、これ……運動場が……海に……」


 だけど私を驚かせたのは、それだけではなかった。

 少し遠くの方に、見たこともない煙突が見える。


 い、いや……あれは煙突じゃない……。

 少し曲がってる。

 あれは……く、首?


 その長い首が、こちらに気づき、ゆっくりと近づいてくる。

 その姿を見て、私は大きく目を見開いた。


 私と、長い首の持ち主の、目が合う――。

 わりと、近い距離で。


 こ、こんな生物……テレビやネットでも本物を見たことがない……。

 なんだか体がヌメヌメしてる?

 いや、そこまではよくわからない。

 だけど、たった今、私たちの目の前にいるのは、間違いなく――


「マ、マボロッシー……」


 私が呆然とつぶやくと、スカイが魔法陣の中に入ってくる。

 同じようにその首長竜を見上げながら、珍しく真剣に言った。


「ロボ。お前もすでに気づいているだろうが、ここはなかなかヤバい場所だぞ。現代と過去の歪みが、修正しゅうせいされようとしている。いつ閉じられるかわからない、非常に危険な状態だ」


「はい。わかっています」


「だったら、もうやめておけ。お前がここに置き去りにされたら、オレの山菜ごはんは一体誰が作るんだ?」


 そう言って、スカイがスニーカーで、足元の魔法陣の端っこを消した。

 魔法陣の一部が欠けると、私たちの目の前の海が一瞬にして歪んでいく。


 風景が、さっきまでと同じ夕暮れの運動場に戻った。

 そのさまを、私は呆然と見つめる。


「ロ、ロボくん……い、今のは……」


「はい。山崎佳穂さんがおっしゃっていたことは、ウソではありませんでした。彼女はここで、本当にマボロッシーと会っていたのです」


「本当に……会ってた……」


 私は、ヘナヘナと運動場にへたりこむ。


 私、今、マジで、首長竜を見た……。

 山崎さんは、本当にマボロッシーに会ってたんだ……。


 でも何だろう?

 私たちを見つけて近寄ってきた時の、マボロッシーの顔。

 あの時、私を見下ろしてきたマボロッシーは、なんだかひどくガッカリとした表情をしていた。


『何だ、違うのか……』


 そんな目だ。

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