11 まるで魔法

 それから数日後――山崎さんは、この学校での最後の一日を終えた。


「鈴木さん、ロボくん、裏山くん。ありがとうね。まほろば町で過ごす最後の最後に、一生忘れられない思い出ができたよ。みんなのおかげだ」


 マボロッシーと会った例のブランコの前で、私たちは向かい合っている。

 山崎さんが、最後の笑顔を私たちに見せてくれた。


「それじゃあ、鈴木さん。色々とありがとう。元気でね」


「うん。山崎さんも、元気で」


「ロボくんも、ありがとう。元気で」


「はい。山崎佳穂さんも、お元気で」


「裏山くんも、ありがとう。給食はよく噛んでね」


「なんでオレだけ給食なんだよ」


 そう口をとがらせるスカイに、私たちは笑う。

 笑いが一段落すると、山崎さんが真面目な顔で言った。


「それじゃあね、みんな。さようなら」


「さようなら」


 山崎さんが、笑顔で私たちから遠ざかっていく。

 最後まで手を振ってくれる山崎さんに、私とロボくんもずっと手を振り続けた。

 山崎さんの姿が校門から消えると、なんだかドッとさみしさがやってくる。


「なんか、私……もっと山崎さんと仲良くなれたような気がするよ……だから転校しちゃうのは、めちゃくちゃ残念だ……」


 そんな私の言葉に、ブランコに乗ったスカイが「やれやれ」といったため息をついた。


「何言ってんだ、春世? これから仲良くなればいいじゃねぇか。簡単な話だろ?」


「スカイだって、こないだ言ったじゃん。転校するとね、ケッコーそこで付き合いが終わっちゃうことが多いんだよ」


「いや、春世……お前な、一体何のためにオレがここにいると思ってんだ?」


「何のため? 食べるためでしょ? さっきはせっかく山崎さんが手を振ってくれたのに、あなた全然振り返さないし。スカイって、やっぱサイテーだよ」


「山崎に別れの手を振っても無駄だ。まったく意味がない」


「なっ! 意味はあるよ! お別れのアイサツでしょ!」


「それがまったく意味がないっつってんの!」


 スカイがブランコから下りて、私とロボくんのそばに来る。

 くやしいけど……背が高くて、イケメン。

 スカイが、高いトコから私を見下ろす。


 私の頭の上に、大きな手を置いた。

 まるで子どもを、あやすみたいに。


「裏山の守り神から、春世へのプレゼントだ。すでに起こってしまったことはもうどうにもできないが、これから起こることはどうにだってできる」


「は? 何言ってんの?」


「山崎は、すぐに戻ってくるぞ」


「へ?」


「守り神の力を使っておいた。あと一ト月もしたら、あいつのお父さんはまた転勤になる。もちろん、このまほろば町にな」


「マ、マジで?」


「あぁ。むしろ、これから大変なのは、山崎の方だ。めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。なにしろクラスメイトたちと涙のお別れを済ませたあと、わずか一ト月で元の教室に戻ってくるんだ。大胆なキャラ変をして、お笑い系女子になるしかないだろう……」


「そ、それはそれで楽しくなるじゃん! ありがとう、スカイ!」


 私は、思わずスカイの手を握る。

 彼は、少し顔を赤くしていた。


 スカイって、ホントはすごくやさしいんだ!

 ごはん、めちゃくちゃ食べるだけの守り神じゃないんだ!

 そんな私たちを見て、ロボくんが珍しくほほ笑む。


「でも、貴重な体験でしたね。ボクたちは、山崎佳穂さんのおかげで、首長竜に会うことができました」


「そうだね。山崎さんがいなかったら、この運動場とマボロッシーがいる海がつながることもなかった。ここと大昔がつながってたなんて、今となってはちょっと信じられないよ……」


「ココロは時空を超えるんですよ。だから遠く離れていても、誰かと気持ちを通わせることはできる。ボクたちは今回、それを学びました」


 私とロボくんがなんだか良い話をしていると……スカイがボリボリと頭をかきながら割り込んでくる。


「いや、ロボ。もぉ、わかったから。お前な、そういう教訓みたいなのは、どうだっていいんだよ」


「え?」


「腹がへった。今日は汁系しるけいのものを食いたい。何か作ってくれ。野菜スープとか豚汁とんじるとか、そういった感じの――」


「ボクは、スカイ専属の料理人じゃありませんよ」


「安心しろ。今日のメインシェフはお前じゃない。春世だ」


「は? わ、私ぃ?」


 スカイにいきなり振られて、私は声を裏返す。


「トーゼンだろ? こないだは、お前のわがままに付き合ってやったんだ。今日はオレのわがままに付き合え。お前、オレが助けてやらなかったら、今頃大昔の海の底で魚のエサになってんだぞ? 作り方は、ロボに習え」


「う、うぅ……」


 それから私たちは、スカイの家に行った。

 スカイの家で、私は豚汁を作ってあげる。

 ロボくんにアドバイスされながら作ったので、なんとかうまくできた。


 私だって料理を作れる。

 ロボくんもスカイも「おいしい」と言ってくれた。

 私は、こうやって進化し続ける女の子なのだ。


 スカイの家からの帰り道、私はロボくんと山を下りながら、まほろば小学校の方を見た。

 すると、夕暮れに染まった運動場に、一瞬霧のようなものがかかっているのが見える。

 その中に、ほんの一秒くらい、二本の長い首が見えたような気がした。


 でもそれは本当に一瞬で、すぐに消えていく。

 だからもしかしたら、私の見間違いだったのかもしれない。


「どうしました、鈴木春世さん?」


「うん。今ね、まほろば小学校の運動場に、マボロッシーとあの子のお友だちが見えたような気がしたんだ」


「そうですか」


「でもたぶん、気のせいかな」


「あの運動場には、山崎佳穂さんとマボロッシーの友情が残っています。だからその残像がポッと一瞬、姿を見せたのかもしれません」


「そっか。そういうこともあるかもしれないね」


「さみしい者同士が手を取り合うって、なかなかステキなことですよ」


「そうだね」


「手を取れば、あっという間に一人じゃなくなるんです。まるで魔法ですよ」


「はははははは。そうだね。まるで魔法みたいだ」


 私たちは夕暮れに染まった裏山の坂道を下りていく。

 ロボくんといっしょに、スカイの家に行くのはとても楽しい。


 それはきっと、私が一人じゃないからだ。

 一人じゃないって、いいね。


 マボロッシー、あなたにお友だちができて本当に良かった。

 私も山崎さんが戻ってきたら、もっともっと仲良くなるよ♪

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ロボくん、世界は素晴らしいね! 貴船弘海 @Hiromi_Kibune

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