6 私の方が、大人になんなきゃだ

「す、すいませんでした……」


 スカイの山小屋。

 部屋の中央にある囲炉裏いろりの前で、私は正座をして謝った。


 スカイは鼻の片方にティッシュを詰めたまま、チッと短く舌を打つ。

 めちゃくちゃ怒って、らっしゃいます……。


「ほら、鈴木春世さんもこうして謝ってらっしゃるじゃないですか。スカイも悪いところがあったわけでしょう?」


「オレは悪くない。ただ後ろから声をかけ、ドブスと言っただけだ」


「ドブス……それはスカイが悪いです。鈴木春世さんはドブスではありません。とても可愛らしい女の子です。それはスカイが間違っていますよ」


「あのな……なんでオレが人間に謝らなきゃいけないんだ? こいつが悪いんだろ? 人んちの前で、ボーッと突っ立ってるから!」


「ボクが外で待つようにお願いしたんです。鈴木春世さんは悪くありません。ほら、スカイ。鈴木春世さんに謝って」


「ったく……わかったよ……」


 スカイが、ウンザリとした顔を私に向けてくる。


「ま、まぁ……わ、悪かったな、人間……」


 ものすごく嫌々いやいやな感じで、スカイが言った。

 私はそれに頷き、もうこの話はなかったことにしようと思う。


 このスカイって人、まったくラチが明かないタイプ。

 私の方が、大人になんなきゃだ。


 見たところ、スカイは私やロボくんと同じ年くらい。

 こんな人が、本当にこの山の守り神なの?


 「はぁ……」と深いため息をつき、スカイがロボくんに顔を向ける。


「で? ロボ。お前、一体何しに来たんだ?」


「何しに来たって、キミを起こしに来たに決まってるじゃないですか」


「起きてるだろう? 子どもじゃないんだ。自分で起きて、自分の仕事ぐらい、きちんとできる」


「そんなこと言って、何年かに一度、冬までぐっすり寝てるじゃないですか。ボクはこのあたりの人たちのために、キミを起こしに来たのです」


「人間ってのは、勝手だな。必要な時だけ、このオレを頼ってきやがる」


「そうでもありませんよ。ほら、スカイ。これ、佐藤さんからです」


「佐藤? あぁ、あのクソババアか……」


 不機嫌な顔でスカイが言う。

 この人、めちゃくちゃ口が悪い……。

 だが彼は、ロボくんが持っているその野菜を見て、ハッと顔色を変えた。


「お、おい、ロボ……そ、それって……」


「はい。謎草です。佐藤さんがボクたち三人で食べろって、プレゼントしてくれたんですよ」


「マ、マジか! くぅ~~~! ロボ! 起きていきなりそいつが食えるとか、こいつは今年ゃ、幸先さいさきいいぜ!」


 めちゃくちゃ盛り上がって、スカイがロボくんの手から謎草を取る。

 子どものように盛り上がるスカイを見て、私は冷ややかに口を開いた。


「ねぇ、ロボくん」


「はい。何でしょう?」


「謎草って――そんなに価値があるものなの? そんな、おいしい?」


「はい。謎草はとてもおいしいです。なにしろ謎草は、この山でしか採れない野菜ですからね。いわゆるレア物でしょうか」


「この山でしか採れない……それ、どうしてなの?」


「はぁ? わかんねぇのかよ、人間!」


 謎草を大事そうにかかえたスカイが、私に言う。

 なんとなく、バカにしたような顔つき。


「たしか……春世とか言ったな、ドブス?」


「あなたは、スカイだったよね? 激ダサくん♪」


 私とスカイの視線が、バチバチと火花を散らす。

 バカにしたような顔つきのまま、スカイが続けた。


「この山にはな、昔から、ここでしか採れない野菜があるんだ。謎草もその一つ。ここでしか育たない、かなりうまい野菜だ。下のヤツらは、この謎草の存在を知らねぇ」


「いや、だからどうして謎草はここでしか採れないの?」


「どうしてだろうな? まぁ、これは推測だが……たぶんこの山の守り神である、このオレ様が優秀だからじゃねぇのか?」


「ねぇ、ロボくん。この人、ちょっと自信過剰じしんかじょうな守り神? 調子に乗ってる?」


「なん……だと……」


「いやいや、やめてくださいよ、二人とも」


 私とスカイの間で、ロボくんが困ったため息をついた。

 気を取り直すように、静かに続ける。


「まぁ、スカイも起きたことですし、みんなお腹が空いているでしょう? ボクが今からおいしいものを作ります。それで機嫌が直りますか、スカイ?」


「おいしいものって……ロボ、もしかしてお前……アレを作ってくれるのか?」


「もちろんですよ。ほら、買ってきました」


 ロボくんが、ランドセルの中からカサカサと何かを取り出す。

 さっき下のコンビニで買った、もう一つのビニール袋。

 中から出てきたのは、パスタと色んな調味料だった。

 スカイが目を丸くする。


「おぉ! さすがロボ! それ! それだよ! オレは、お前が作ったそれが、世界で一番好きなんだ!」


「鈴木春世さんも、お好きですよね? きのこパスタ」


「う、うん。大好きだけど……ロボくんって、料理できるの?」


「もちろんです。おまかせください」


 そう言って立ち上がるロボくんを、私とスカイは見上げた。

 初対面は最悪だったけど、私とスカイの「きのこパスタを食べたい!」という気持ちは、今、一つだった。

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