第49話 後始末

「‥‥‥意外と元気そうですね」

「あぁ。私は元気です」

「褒めてません。嫌味です」


 拘置所。


 死刑囚と面会することができる唯一の場所で、安藤昌哉と遊佐二月は対話していた。

 二月は、強固なガラスの奥にいる、かつての上司を睨みつける。


 ついこの間まで、ビシッとスーツを着こなしていた安藤だが、今は囚人服姿だ。落ちぶれたと言ってやりたいが、どこぞのヤクザの組長のような覇気を感じて、二月は苛立つ。


「何か隠してると思ってましたけど、ここまでの地雷とは思いませんでしたよ」


 ため息を吐きながら、この3ヶ月のことが頭を巡る。

\



「二月先生! 安藤さんが‥‥‥!」


 安藤が唐沢を殴り殺そうとしていた頃、桜と杏奈が、二月の住むボロアパートにかけ込んでいた。


 ちなみに、二月の住所は大体の演劇部員が生徒が知っている。

 何故かといえば、少し前に、暇を持て余した杏奈が探偵ごっことして実行した尾行により完全に家がバレたからだ。


 桜が好き過ぎて、隠し撮りをしていた経験が生きたいのだ。ちなみに、わざわざ言うことでもないだろうが、これは犯罪だ。後で杏奈は最大級の説教を喰らった。

 この時代に、女子が泣いても関係なく5時間の説教。


 これが、親にバレれば虐待と問われかねない事案だが、杏奈かわ心の底から反省したことで、親にチクることはしなかった。


 しかし、反省する前の尾行中に「二月先生の家を突き止めろ! 杏奈の尾行生配信!」とかいう、ふざけたことを演劇部のグループLINE上でアップしてしまっていた。

 もちろん、現在は消去しているが、生で観ていた連中が多かった。そのため、1部の生徒には二月の住居は、脳にこびりついている。


 そういった経緯があり、血だらけの安藤を目撃した2人は二月の家を訪ねたのだ。


「なんだよ。今日はお家映画祭り中なんだから‥‥‥」


 休みの日くらいは好きなことをさせてくれと、軽くあしらおうとした二月だったが、2人の青ざめた顔を見て、仕事スイッチを押した。


「あ、安藤さんを助けてあげて。アレじゃ死んじゃう!」

 「私、まだ、安藤さんに本の感想を伝えられてない‥‥‥こんなの困るよ!」

「とりあえず入れ。ゆっくりで良いから順番に説明してくれ」


 それから20分後、バイクを飛ばしてスマイルの事務所に向かった二月は、瀕死状態の安藤を発見した。唐沢と神田サユリはいなかった。


 殺し合いは終わった様子だったが、この後始末が大変だ。

 とりあえず、星田探偵事務所にもみ消しを依頼した。しかし、あまりに大きい事件だったため、国家権力、つまりは警察の力を借りないわけにはいかなくなった。

 その結果、安藤は治療後に逮捕に至った。

\



 舞台は再び、拘置所。


「大橋と里中、ずっと半泣き状態でしたよ。本当は大泣きしたかったんだろうけど、アンタを助けたいから、ギリギリの状態で我慢してたんでしょうね」

「‥‥‥」

「俺はこれでも、アンタのことは尊敬してたんですよ。でも、教え子を泣かせる奴は、どんな事情があっても許せねぇ」

「‥‥‥ありがとう」

「あ?」


 話の流れに合わない感謝をされて、つい言葉遣いが荒れる二月。


「二月先生みたいな方がいて良かった」

「‥‥‥」


 まるで、鼻くそ味のグミでも食べさせられたような表情をして黙る。


「‥‥‥元上司に、最後の報告」

「え?」

「鮫島琢磨、逮捕されました。もちろん、その息子も」


 今回の事件の元凶。

 息子、鮫島英二の殺人を闇に葬り去ろうとした父、鮫島琢磨。そんなクズの家庭で賢く育った鮫島清美のために、安藤は動いていた。

 途中から、私情がガッツリ入ってしまったが、始まりは鮫島清美を救うためだった。


「アンタは‥‥‥安藤さんは人を殺していた馬鹿野郎だけど、鮫島清美は、アンタに感謝してたよ」


 そう言い残して、二月は立ち上がる。


「じゃあ、もう会うことはないでしょうが、刑が執行されるまではお元気で。アンタみたいな殺し屋を慕ってくれた生徒達がいたことを忘れないで下さい」


 背を向けて、案内役に促されて退室しようとする二月に、安藤はボソッと声をかける。


「お人好しですねぇ」

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