第9話 大橋桜は名司会
「というわけで! 今日から顧問になって頂く二月センセーと安藤さんでーす!」
放課後、二月はまだ入ったことすら無い川井高校の辺境の地、第3多目的室へやってきた。
「それでは! 二月センセーからご挨拶をどうぞ!」
地方の女子アナウンサーみたいな、元気一杯の進行を桜がしてくれているため、雰囲気は良く、自己紹介もしやすくなっている。
「遊佐二月です。演劇に関してはド素人なのですが、皆さんや安藤校長からたくさんのことを吸収して、顧問として恥ずかしくないようになれるよう頑張ります」
桜を始めとする部員達が拍手をくれる。
「はい! ありがとうございました! それでは次! 安藤さん、よろしくお願いします!」
「安藤昌哉です。校長という立場上、顧問にはなれないのですが、以前演劇部の顧問をしていた経験があるので、二月先生のサポート役としてやってきました。よろしくお願いします」
何度聞いても、校長とは思えないシンプルな挨拶だ。
短すぎてやる気がないと思われない程度の、丁度いい自己紹介。まだ30歳の二月と同じような感覚を持っている。
<<よろしくお願いします!>>
全部員が一斉に頭を下げてくる。
ここで、教師にとって気をつけることが1つ挙げておきたい。
今こうして、生徒達が礼儀正しく頭を下げてくれているのは、遊佐二月個人のステータスは関係なく、「教師」という属性があるからに過ぎないということを忘れないことを。
中には、自己顕示欲を変な方向に持っていって、自分が偉いのだと勘違いしてしまう者がいる。そうなってしまえば痛い大人になるのに時間はかからない。
(俺はこの場では1番の無知なんだ。それを忘れるなよ)
良い生徒に甘えることなく、しっかりと顧問として認めてもらえるようにしようと覚悟を決める二月だった。
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「え!? 安藤さんが演劇部の顧問に!?」
「サポート役ね」
桜がいつものメンバーでの帰り道に、今日のことを放送部ペアに伝えると花凛が甲高い声をあげる。推しのアイドルのコンサートが地元で開かれると聞かされたくらいのテンションだ。
「おーい。花凛、オタク出ちゃってるよー」
ちとせが肩を組んで親友を嗜める。天下の公道で奇声をあげる女子高生は嫌悪の目を向けられやすいことを、彼女は分かっていた。惚れっぽいこと以外は完璧に近い花凛が、こんなことで自身の価値を下げないように、さりげなくフォローしてあげたのだ。
「あ。ごめん。つい興奮しちゃって」
花凛のクールダウンに少し時間がかかりそうだ。
「アタシは普通に二月先生の加入が嬉しいかな。格好いいし」
「‥‥‥格好いいかなぁ?」
杏奈の意見に、摩耶が首を捻る。
「え? 違うかな?」
「いやいや。別に二月先生が嫌いなわけじゃないよ。でも、どこか私に似た雰囲気があって‥‥‥」
摩耶は考え過ぎてしまう自分が、あまり好きではない。だから、桜のような直球な人間に憧れているのだ。
遊佐二月はその逆で、常に何か計算している印象がある。それは悪いことではいのだが、本心で話している気がしないところに、同族嫌悪にも似た感情を持ってしまっている。
「摩耶ちゃんに似てるなら、絶対良い人じゃーん」
桜は後ろから摩耶に抱きつく。
いつも通りの百合劇場。青春を絵に描いたようような幸せな時間。
しかし、この中にこの仲良しグループのバランスを壊す可能性のある者が1人いる。
(また、摩耶ちゃんばっかり‥‥‥)
それは、結果的に話題に取り残された里中杏奈だった。
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