第29話 加納由佳は本が好き

 本って重いんだな。


 加納由佳が、そのことに気づいたのは図書委員になってからだ。

 返却された本を本棚に戻す作業や、大掃除の際に7冊くらいの単行本を持ち上げると、予想以上に腕に負担をかける。


「えっと、これは歴史書だから‥‥‥あっちか」


 綺麗な金髪を揺らしながら、図書室を行ったり来たりする。

 大変だが、1人でできることが多くなったことが嬉しい。


「私1人で配架を終わらせてたら、鮫島さんビックリするかな」


 不器用だけど、誰よりも優しい女の子を思い浮かべる。

 今日は日直で少し遅くなると言っていた、たった1人の友達が来るのを、心の底から楽しみにしていた。

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 去年まで佐藤サヤを頂点とする、カースト上位のギャルグループに所属していた彼女は、学校では小説を読んでこなかった。昔から好きだったのだが、ギャル友達に読書をしているところを見られたくなかったのだ。


「似合わない」「賢いアピール?」「何で紙で読んでんの? 電子で良くない?」


 いつだったか、そんなことを言われたのだ。それ以降、外では決して読書をしなくなった。電車やカフェでも、友達に会うかもしれないから。


(今はそんな心配することはない。あの子達にハブられたから)


 沸点の低い友達の機嫌を損ねないように、由佳はニコニコしながら一緒にいた。しかし、彼女達の話の8割は誰かの悪口だった。そんな話を聞くのに嫌気が刺した由佳は、ある日反発した。


「あのさ、アイツ‥‥‥なんだっけ? あのボッチのくせに偉そうなやつ‥‥‥」

「鮫島さん?」

「そうそう! アイツむかつかない? 少し成績が良いからって調子に乗ってさー」

「分かる分かる。ウチらのこと見下してるよね」


 違う。

 由佳は、静かに思った。


(鮫島さんは冷たい雰囲気をしてるけど、私がシャーペンを落とした時に拾ってくれた。調理実習の時、何をしたら良いのか、ちんぷんかんぷんだった私に丁寧に工程を教えてくれた)


「あんなんじゃモテないだろうね。一生処女なんじゃない?」

「ハハハ! で、孤独死して周りに迷惑かけるタイプだね」

「それな! 家からクッセー匂いがして発見されるやつね! 絶対そうなるよ! 由佳もそう思うでしょ?」


 この雑なパスに、今までの由佳は心を痛めながらも同意していた。ターゲットにされている子よりも自分の方が可愛いから。

 しかし、その時は自分を犠牲にしてでも庇いたい人間の悪口だ。由佳は恐怖に震えながらも反論した。


「さ、鮫島さんは優しい‥‥‥よ」


 たったそれだけ。

 しかし、佐藤にとっては切り捨てるには十分な発言だった。


「‥‥‥あっそ」


 ガタッと椅子を引いて立ち上がる。

 わざとに違いない、大袈裟な音だった。


 それから、佐藤達は由佳を無視するようになった。

 他のグループに入れてもらう努力もしたが、佐藤から圧力を受けているのか、話しかけても愛想笑いをしながら逃げられてしまう。


 学校という場所で友達がいなくなるということは、居場所も同時に無くしてしまうことになる。

 まず、昼食をとる場所に困る。

 それまでは、給食スタイルで机を並べて食べたり、中庭で食べたりすることができた。しかし、ボッチになった由香には、食事場所の確保に頭を抱えることになる。

 ガヤガヤした教室は論外だ。しかし、物語のように都合よく屋上は開放されていないし、部活に入っていないので部室で食べることもできない。


 そうなってくると、必然的にトイレしか選択肢がなくなる。

 いわゆる、便所メシってやつだ。

 もちろん、抵抗があった。何しろ食べたものを排泄する場所なのだ。初日は自分が惨めでたまらなかった。


(お母さんが、朝早く起きて作ってくれたお弁当。本当は友達と一緒に笑いながら食べたい)


 自然と涙が出てくる。自分は卒業までずっと便所メシを続けるしかないのかと絶望した。


 しかし、その1週間後に友達ができる。

 それこそが、鮫島清美である。

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