第30話 懐かしい場所
「もしかして、配架終わらせてくれた?」
「うん!」
鮫島清美は、図書室に入ってくるなり、由佳が気づいてほしいポイントを把握した。
「そっか。ありがとう加納さん。助かるよ」
親しい者にしか分からない、ほんの少しの笑顔を見せてくれた。
口角が2ミリほど上がっていて、普段キツく見える表情にも若干の柔らかさがある。
褒められたことが嬉しくて、由佳は「フヘヘ」と笑った。
今までの友達と清美と一緒にいる時の幸福度には大きな差異がある。
5:95で清美といる時の方が心地いいのだ。
月並みな言い方をすると、今まで「本当の友達」がいなかったためだろう。
それは、逆もまた然りだ。
由佳は簡単には心を開かない人間だ。家族にだって本音を話したことは、ほとんどない。
例えば、由佳の好きなお菓子はヨッちゃんイカなのだが、家族はミルティーキッスだとだと思っている。10歳くらいの頃、母が買ってきたミルティーキッスを「美味しい! 美味しい!」と食べていた。
これは嘘ではないが本心でもない。何故、そんなことをしたかといえば、せっかく買ってきてくれた母へのリップサービスだ。
それから、由佳といえばミルティーキッスというのが、家族の共有認識になったのだ。
母や父、弟も由佳を喜ばせようと、善意100%でミルティーキッスを買ってくる。
もちろん、ミルティーキッスも嫌いではない。あの爽やかなチョコが嫌いなわけがない。しかし、それ以上に好きなのがしつこいほどの旨味を閉じ込めたヨッちゃんイカだ。
それを、7年経った今でも言えないでいる。
理由を問われれば、「面倒臭いから」と彼女は答えるだろう。
それを説明するには、自分は母にリップサービスをしていた嫌なガキだったことから話さなくてはならない。きっと笑い飛ばしてくれることは分かっている。でも、再度言おう。面倒臭いのだ。
(そんな長めの説明をするなら、勘違いされたままで良い。別に困っていないのだから)
そんな、家族にさえ妙な気遣いをする由佳だ。友達に本音を話すわけがない。
しかし、今同じ空間にいる清美には自分のことを知ってもらいたいのだ。
清美と初めてちゃんと話したのは、1年前の梅雨。
夏はまだだというのに、湿気が混じった嫌な暑さに辟易していた日のこと。
気候と同じく、由佳の心も晴れやかなものではなかった。
(便所メシにも慣れてきちゃった‥‥‥こんなの、慣れちゃいけないものなのに)
鬱々とした気持ちを、少しでも振り払おうと図書室に向かう。
(どうせ、私が本を読んでても馬鹿にする子達は側にいないんだし)
昨日も、図書室に行った。弁当を食べ終わっても続く昼休み。さすがに、5時限目までトイレに居続けるわけにもいかない。
故に、高校生活での図書室デビューをしたのだ。
由佳を見た女生徒2人は、こちらを見ながらコソコソ何かを言いながら退室していった。どうせ悪口だろうが、人が少なくなるのは歓迎だ。
図書室に残ったのは、由佳に加えてもう1人。後の友達となる清美だ。
人の目が怖くなっていたが、清美だけだったらリラックスできるかもと思い、椅子に座る。
(あぁ。懐かしい)
テーブルに突っ伏してみると、急に安心できた。
自分の居るべき場所に戻ってきたような感覚。
(あぁ。ずっとこのままでいたい‥‥‥)
\
「‥‥‥えッ」
気がついたら、図書室には由佳しか存在していなかった。
(まさか、寝ちゃってた?)
慌てて時計を見ると、5時限目が始まる2分前だ。
「ヤバいヤバい!」
急いで教室に向かう。ただでさえ、良くない立ち位置にいるのに授業をサボったとなれば、さらに周りからの印象は悪くなるだろう。
(‥‥‥それにしても)
走りながら思う。
(あんなに、しっかり寝れたの久しぶりだったな)
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