第19話 役者と脚本家

 高校演劇部コンサートの予選は7月25日から8月5日にかけて開催される。


 野球部でいう甲子園。

 アメフト部でいうクリスマスボウルを目指して、日々練習に励む彼らに、二月は顧問として何かできないかと考える。


「よし。外部公演を企画してみよう」


 学校内での公演は何度かしているが、観客は同じ学校の生徒くらいしか見にこない規模だ。

 本番は、全く知らない他人の目に晒されるわけだ。今のうちに免疫をつけさせた方が良いだろうという考えだ。


「良いんじゃないですか」


 安藤にも許可をもらい、場所を貸してくれる施設を探す。そこで「ぜひ、ウチに!」と手を挙げてくれたのが、埼玉県にあるコミュニティセンターだ。

 市民の憩いの場として、ちょっとしたイベントを開催しているのに加えて、大きな舞台も所有している。オーケストラや、落語、そして演劇もできる施設である。


「ということで、5日後はそこで、いつもの練習の成果を出して頂きたい」


<<<おぉぉぉぉあぉぉぉぉぉぉォォォぉ!!!>>>


 自己表現に飢えている彼らは、二月の発表に雄叫びを上げた。女子多めの団体なのに。

 運動部に負けない熱意を持って、彼女らはさらに練習に励んだ。

\



「大会以外の外部公演とか久しぶり〜。めっちゃワクワクするね!」


 当日の朝、桜は部員1人1人に声をかけていた。彼女なりにみんなの緊張を解そうとしているのだろう。


「まあ、私は脚本家だから本番は出ないけどね。役者のみんなには本当に感謝してるよ」

「それは、こっちもだよー」


 軽い調子で答えるのは、この演劇部のエースである竹本成海だ。


「役者なんて、0から1を生み出す人がいなかったら成立しないからね。桜みたいなもの作りができる人こそが評価されるべきだよね」


 この竹本成海。中学時代は自分で小説を書いて『カクヨム』という小説投稿サイトに発表していた。


 読書家のお父さんの影響から、子供の頃から小説に触れることが多かった。数々の名作に触れた成海は、次第に己の力で小説を書きたいと思いいたり、実際に作品を書き上げた。

 自分の物語が誕生したことに興奮した成海は、すぐにカクヨムに登録して、全15万字の長編を一気に公開するに至った。


(一晩もしたら、天才が現れたと大騒ぎになっているだろうなぁ)


 そんな期待を胸に抱いて、その日は興奮を抑えて眠りについた。

 翌朝、カクヨムからの通知が何千通もきているでろうと確信してスマホを見ると、通知は1件も無かった。


「‥‥‥?」


 何かの間違いじゃないかと思い、自分の作品のワークスペースへと飛ぶ。ここを見れば、何回読まれているかを知ることができる。


 0PV


 8時間経って、誰1人読んでくれていないということだ。


 ポキッ。


 成海の中の何かが折れた音がした。


 それ以降、小説を書くことは無くなってしまった。


 彼女の名誉のために言っておくが、小説の出来自体は悪く無かった。しかし、発表の仕方がこれ以上無いくらいに下手だったのである。


 15万字。紙の小説でいえば500ページ近い分量である。

 その量を、まとめて1話に収めて発表したのだ。そりゃカクヨムユーザーも近づかない。

 1200〜1500文字くらいのペースで、毎日更新していれば、そこそこの評価はされていたはずだ。


(私は小説の才能が無いんだ)


 その知識が欠けていた女子中学生は、筆を折ることになった。


 傷心を抱えたまま、進学した川井高校で出会ったのが、大橋桜だ。

 友達が多く、明るい1軍女子が休み時間にノートを広げでカリカリと何かを書いている姿に惹かれた成海は、前を通るふりをしてノートの中身をチラ見した。


 そこには、細かい文字列がビッシリ記されていた。

 見たところ、ノートのページ数は終わりに差し掛かっているようだった。そこには、手書きだからこそ伝わってくる狂気にも似た熱意があった。


「ん? どうかした?」


 チラ見のつもりが、あまりの衝撃でガン見していた成海に、桜は声をかける。


「あ‥‥‥」


(どうしよう。いきなりノートのことに触れるのはダメな気がする。いや、教室で堂々として書いてるなら別に良いのか? いや、まだ分からないぞ)


 頭の中がこんがらがった成海が口にしたのは、本人も予想外の言葉だった。


「と、友達になりたくて」


 これが、役者・竹本成海と脚本家・大橋桜の出会いである。

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