第20話 俯瞰の目
「‥‥‥グスッ」
人には向き不向きがある。
大橋桜作、『バッドエンドの続き』の主人公の妹の役を演じながら、耳にタコざできるほど聞いたその教訓を思い出す。
昔の偉い人に賛同するのは癪だが、成海は真実に触れていると考えている。
何故なら、演じている今が最高に幸せだからだ。
キャラクターになり切ること。冷静に考えれば異常なことをしている。
医者じゃない奴が医者と言い張って、他人に決められたセリフを言いながらオペの真似事をする。成海は、役者を続ける上で徐々に気にならなくなる違和感を捨てきれていない。
(こんな、奇怪なことをやって褒めてもらえるなんてサイコーだ)
この独特な感覚を持っている成海なら、小説家の才能がまるで無いわけではないと思うのだが、0pvというトラウマが彼女を縛りつけていた。
劇場にセットされた古い蕎麦屋さんで、静かに涙を流す演技をしている己を俯瞰で見ている自分がいる。
幽体離脱と言えば伝わりやすいだろうか。
演技をしている自分を上からの目線で見ることができるのだ。泣いている自分を見るのは羞恥心に襲われることになるが、客観的に見ることで下手くそな部分を調整することができる。成海がエース女優のポジションを獲得することができたのは、この性質が大きい。
さらに、この性質は便利なところは、自分以外も俯瞰で見ることができるということだ。
現在の彼女が見ているのが客席だ。
コミュニティセンターのキャパは1000人ほど。もちろん、全席埋まっているわけではないが、半分くらいの人数が見ている。
(あの女の子、心配そうに観てる。感情移入してくれているのかな)
(あのおじさんは寝ちゃってる。声量上げて無理やり起こしてやろうかな)
そうして、全体を俯瞰していると、妙に気にかかる若い男を見つけた。
特に目を引くイケメンというわけではないが、清潔な印象を受ける。おそらくはモテるでろう男が、学生演劇を1人で観ている。
そんな男を見ていると、謎の不安感に襲われる。成海は視線を外して演技に集中した。
\
「おつかれー!」
ファミレスで打ち上げをする演劇部一同。
しかし、飲み会を無理に誘うとパワハラとなる風潮は、大人の世界だけではなく学生界隈にも影響を与えていた。
「疲れたから帰るわ!」
「オッケー。今日はありがとうね」
そんな感じで帰る部員を無理に引き止めることなく、笑顔で別れた。だからといって「あいつら、付き合い悪いよねー」という類の陰口を叩くこともない。何故なら桜達も気分が乗らない時は理由もなく断るからだ。
故に、ファミレス打ち上げに参加しているのは10人ほどだ。ギリギリ、お店に迷惑がかからない人数だ。
「二月せんせー! 今日ってもしかしてせんせーのお・ご‥‥‥?」
桜からのフリに、二月は苦笑いで答える。
「はいはい。みんな頑張ってたからおごるよ」
この場合に奢らないという選択肢を取ることができない、そんな性格である。
「わーい! 二月せんせーあいしてる!」
軽い愛を受け取る。
他の部員は、比較的に礼儀正しく礼を言ってくれる。このバランスが、過ごしやすい部活になった要因の1つだろう。
賑やかな空気が続く。
1時間過ぎた頃だろうか、竹本成海がボソッと言った。
「なんか今日、変わった雰囲気の男子が観にきてたね」
「え!? 誰かの彼氏!?」
桜が恋バナの気配を感じ取ってテンションを上げる。
「んー。たぶん、ウチらの学校じゃないと思う。そこそこ格好良かったよ」
「他校でお付き合いしてるんですかね‥‥‥」
摩耶も参戦してくる。
タイプは違えど、女子は昔から恋バナが好きなのだ。
「‥‥‥」
しかし、盛り上がる中黙っているの女子が1人。
中学時代に一瞬付き合った、変わり者の男子を思い出している杏奈だった。
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