第21話 それでも、彼らは幸せだ
老老介護。
若い頃の安藤は、フィクションとまでは思っていないが、自分が関わることになるとは思わなかった。
何の根拠もなく、介護というものとは無縁の人生を送るものだと考え足らずも甚だしい浅い思考だ。
61歳と72歳で生活している安藤は、かつての自分をブン殴りたい気分になった。
殴った後、「お前を中心に世の中は回ってねぇんだぞ!」
一応、国から補助金は出ているが、それだけでは追いつかない。校長としての給料があるから、生活できないほどではない。
(しっかし、アイツら邪魔な官僚を殺す依頼料は、あれだけ出したくせに、こういう福祉関連には渋るんだなぁ)
師匠は身体を動かすことは難しいが、頭の回転は悪くない。トイレ介助をしている時も、安藤がとってほしい姿勢を懸命にとってくれる。
「いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょ」
そんな、ドリフごっこをするくらいには、まだ2人に余裕があった。しかし、頭の片隅には組織の追手の影に不安を覚えてもいる。
「そういえば、今日は演劇部の公演だったんだろ? 顧問として行かなくて良いのか?」
「いや、俺はあくまでサポート役なので、若い先生の経験値を上げるために任せてみました」
「おぉ。校長みたいなことを言うな」
「校長ですから」
「フフ」
介護と聞くと、暗い空気を思い浮かべる人が多いだろうが、安藤は師匠と過ごす時間は嫌いではない。
「師匠。昨日イッテQ録りましたけど、一緒に観ます?」
「観る観る。ちなみに誰の回?」
「ガンバレルーヤ」
「よし。当たり回だ」
師匠はバラエティ番組が好きだ。
若い頃は興味がなかったらしいのだが、50代の人生のどん底にいた頃にいた頃に、テキトーにテレビをつけたら、M-1グランプリだったそうだ。
フットボールアワーが優勝したその年は2位に笑い飯、3位にアンタッチャブルという、後の王者がTOP3を独占した歴史的な年である。
人生をかけた芸人達の力は凄まじく、師匠のネガティブな感情を軽くしてくれたのだ。
それから、師匠はお笑いオタクと化する。
弟子である安藤にバナナマンの単独ライブDVDを「絶対面白いから!」と貸し付けて、会うたびに感想を聞きにいったりした。
その頃の師匠の生きがいになっていたのは、間違いなくお笑い文化だ。
恩人を元気づけてくれた芸人に、安藤も感謝している。師匠に付き合って色々観ていると、本人もお笑いの沼にハマっていった。
今では、バラエティ番組を録画するのは安藤の役目だ。
「ハハハ!」
「ガッハッハ!」
その結果、今はガンバレルーヤが泥まみれになっている映像を観て笑いあうことができている。
老老介護だろうが、安藤と師匠は幸せだった。
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