第25話 厄介な常連客

「こいつを1ヶ月働かせてやってくれないだろうか?」

「あぁん?」


 安藤の常識ハズレの頼み事に、星田は眉を顰める。そこで、安藤に抱えられた若者の存在に気づいた。


(働くといっても完全に気絶してるしてるじゃねーか)


 星田は頭を抱える。

 この常連は、必死に一般人を演じているが、常識というものの根本を理解していないところがある。だから、こうして探偵の仕事から反していることを平気で頼みにくる。


「依頼料は相場の5倍は出そう。足りなかったら言ってくれ」


 さらに厄介なのが、このおっさんは金払いが良い。校長業務だけでは説明がつかない金額を所有している。白井からも「絶対に安藤さんを逃さないで下さい」と言われているくらい、星田探偵事務所には欠かせない金ズル‥‥‥失礼、常連さんなのだ。


「分かった。分かったよ。けど、そいつが何者なのかくらいは聞かせてもらうぜ」

「もちろんだとも」

\



「要するにストーカーだ。」


 安藤が帰った後、外で仕事をしていた白井と20歳になったばかりの相馬和樹に厄介者の説明をする。


「‥‥‥まあ、安藤さんからの依頼なら仕方ないですね」

「ストーカーはしてないけど、ここに運ばれていた経緯が俺と似てますね。お2人がアレだったら、教育係やりますよ」


 実はこの相馬。遊佐二月が前の学校に勤めていた際の元教え子である。

 学校という閉鎖空間に、ゆっくり首を絞められ続けて苦しんでいた相馬に星田探偵事務所を紹介してくれたのだ。


「相馬くんは、ただのなんちゃってヤンキーだったでしょ。こいつとは全然違うよ‥‥‥。でも、引き受けてくれたら嬉しい」

「ありがとよ。倉科も男同士の方が気が楽だろう」


 今更ストーカーに怯む2人ではないが、いらない負担をかけずに済むのならと、自ら立候補した相馬は理想的な後輩だ。


(初めての後輩だ。楽しみだなぁ)


 しかし、本人は気楽なもので、先輩ムーブができることを単純に喜んでいた。

\



「‥‥‥猫探しですか」

「うん」


 探偵事務所で働くと聞いて、もっと血生臭いことに巻き込まれるんじゃないかと身構えていた倉科だったが、蓋を開けてみたら平和そうな仕事に安心すると同時にガッカリもした。


「殺人事件とかの捜査をすると思ってた?」

「いや。そこまでじゃないですけど、裏社会に潜り込むくらいはしてるのかなと‥‥‥」

「あー。そういうのは女性陣が得意だね」

「やっぱり、あるんですか」

「まぁね。あの2人は俺よりも歴が長いし、裏社会の方々とは、もうズブズブよ」


 話ながらも、対象の猫を見つけるためにあちこちに目線を向ける相馬。真剣に仕事に取り組んでいる者にしか発せない格好いい背中をしていた。


「相馬さんは、そういうのには‥‥‥」

「暴力が必要な時に駆り出されるくらいかな。それに、あの2人は動物に嫌われやすいから、こういうのは俺がやるしかないのよ」


 確かに、相馬には女性2人には無い柔らかい雰囲気がある。直感に長けている動物を探す上では適任だろう。


「で、もう1時間は歩き続けてるんですが」

「あ。休憩する?」

「いえ。ただ、これがいつまで続くのかなと思いまして」

「? 見つかるまでだけど」


(あぁ。さては労働基準法を無視して働いてるな)


 ワーカーホリックと働くのには体力と精神力がいる。

 たかが猫探しと思って舐めていた。

 倉科は、1日中歩き続ける覚悟を決めた。

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