第27話 安藤昌哉は出しゃばらない

 8月10日。


 東京都高等学校文化祭演劇部門中央大会。

 18この漢字が並ぶ、嫌でも緊張感のある大会に向かう、川井高校演劇部一行。


 送迎を担当してくれているバスの中。いつもの穏やかな雰囲気は、ほんの少しの影が入り、不安と期待に満ちた若者達が、戦場につくのを待っていた。

 ここで、「普段通りにやれば、必ず巧くいく」とか言えば、少しは彼女らの緊張を和らげることができるのだろうが、安藤にその気はなかった。

 いや、正確にはできなかった。


 安藤は、たまに部室に顔を出してアドバイスを1つ2つしているだけの存在。そんな奴に言われても部員達は「うるせーよ」くらいしか感想は無いだろう。

 そういうのは発言力がある以上に、一緒に切磋琢磨してきた者が言ってこそ効果がある。


 安藤は不安要素であった、里中杏奈のストーカーを星田探偵事務所に押し付けることに成功している。最低限の仕事はしていると言って良いだろう。


 教員が座ることで知られる最前の席で、目を閉じる。


(これは、若者の戦いだ。老人は静観していよう)

\



「みんな! 本番の前に聞いてほしい!」


(お。きたか)


 開場の20分前、大橋桜は青春ドラマのお手本のようか演説を、見事にこなしてみせた。


 あれだけ練習してきたから大丈夫。

 努力は絶対に裏切らないを

 私達の力を全国に見せてやろう。


 そういった、大したことは言っていないのだが熱意は伝わる話をしてくれた。

 女子部員の半分以上は涙を流して入る。二月と安藤も温かな拍手をして、生徒達を壇上に送る。


「我々も、客席で観ましょうか」

「そうですね」


 ふわりとした客席に移動する。


(校長室の椅子よりも座りやすい‥‥‥)


 頻繁に座る、妙に硬い椅子のことを思い出す。そろそろ、買い換えよう。


 ブーッ。


 そんな、どうでもいいことを考えていたら、公演開始のブザーが鳴る。


 若者達の戦いが、始まる。

\



「ギリッギリ!!!」


 桜は大声で叫ぶ。


「静かに」

「はい」


 しかし、安藤が短く注意すれば、すぐに態度を改める。根本的には真面目なのだ。


「でも、本当にギリギリじゃなかったですか? 10位ですよ」


 全国大会に行けるのは全12組。

 全国大会推薦校計10組に加えて、全国大会開催県から1校、持ち回り枠1校を合わせた12組だ。

 桜達、川井高校演劇部は、推薦枠の10番目だったわけだ。高校名が呼ばれるまで生きた心地がしなかった。


「伸びしろがあって良いじゃないか」

「ハッハ。そうですね」


 生徒と校長の会話にしては雑すぎるやり取り。

 しかし、ここで分かっている風なことを言わないのが安藤が生徒達に好かれている要因の1つだ。


 そう。世の中の教員は基本的に「分かっている風」て喋っている。

 学校以外の世界を知らない彼らは、生徒と同じく知らないことが多い。しかし、子供にものを教えるという立場上、理解できていないことを生徒に知られてはならないと考える。

 その結果、訳の分からない持論で生徒を追い詰める輩が生まれる。


 それに対して、安藤は自分が何も知らないことを知っている。

 無理して、背伸びをする必要はない。

 彼は、自分にできることをやっているだけなのだ。

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