第17話 儀式

 8時15分。朝のホームルームが始まる15分前。

 いつもなら摩耶を含めた仲良しグループで雑談をしているが、今日は1人の友達に謝るために向き合っている。


 謝罪とは、言ってみれば儀式だ。


 トラブルがあった際、この儀式が無ければ前に進めない。損得を考えればお金を渡す方が良いというわけではないのな、人間というのは面倒臭いと言われる所以だ。


 誠意という、目には見えないものを求める場合がほとんどだ。まあ、そういったことの意味が分からないサイコパスも存在するが、この場にはいない。


「完全にどうかしてた! 今、こうして学校に来させてもらってることが不思議で仕方ないくらい、危険なことをしてしまった! 謝ってどうにかなるものじゃないのは分かってるけど、言わせてほしい。申し訳ありませんでした!」


 もっと言い訳を重ねたかったが、長い謝罪はパフォーマンスに見えることがあるため、一旦、ここで締めておく。


「‥‥‥」


 沈黙が重い。

 摩耶の顔を見るのが怖くて、頭を上げられない。

 返事をしてもらうまで、実際には10秒も経っていなかったが、杏奈の脳内時間では永遠に感じた。


「‥‥‥よかった」

「え?」


 予想外の言葉に、不意に頭を上げる。

 そこには、怒りも蔑みもなく、安心した表情を浮かべている摩耶の姿があった。


「二月先生が、<里中からちゃんとした謝罪が無い場合は、絶対許すな>って言われてたから‥‥‥」

\




「明日、杏奈の復帰日だけど、摩耶ちゃんは大丈夫そう?」


 時は1日戻り、放課後の4階の踊り場。

 ジメジメとして薄暗い、不気味な雰囲気から生徒を近づけない、ある意味では穴場だ。

 そんな場所でも、摩耶は大橋桜と話せるのが嬉しかった。

 話す内容も楽しいものでは無いのに、気分が高揚してしまうのだ。つくづく恋とは恐ろしい。

 恋という、厄介な病の病原菌こと桜は、顔を近づけてきている。


「そういうとこだぞ」と言ってやりたいが、別に桜は悪くない。勝手に病にかかる奴が迂闊なのだ。


「え。全然大丈夫だよ! もう傷も治ったし、何事も無かった感じで迎えようと思ってる」

「それはやめといた方がいい」


 平和的な提案を一刀両断したのは、桜ではなかった。

 未だに、摩耶が苦手としている数学教師である。


「二月先生。こんなところに何の用〜? もしかして、つけてきたの? ダメだよ〜」

「誤魔化すな」


 あえてピエロを演じる桜を、二月はピシッと遮る。


「平子の案が、1番簡単なことは分かってる。余計な口出ししてほしくないんだろ? けど、これはダメだ」

「‥‥‥」

「ハブる気ならともかく、これからも関係を続けようとするってんなら話は別だ。謝罪をなぁなぁにしたら、確実にお前らの関係は歪む」


 昨今の教師は、生徒に好かれようとしすぎて、こういった面倒なことは少ない。しかし、二月は嫌われることには慣れている。


「里中からキチンとした謝罪が無い限り、絶対に許すな。平子の性格ではキツいだろうが、そこは頑張ってほしい」

「‥‥‥」


 何も答えずにいる摩耶に、二月は頭を下げる。


「エッ」


 大人が、しかも教師が自分に首を垂れている姿に、絶句する。


「頼む。担当してる部活の雰囲気が変になるのは、すごいストレスなんだ」

「‥‥‥フッ」


 つい笑ってしまいまい、慌てて口元を隠す摩耶。


「二月先生の都合ってこと?」


 桜を確認した。


「そうだ」

「だってさ」


 桜もにやけ顔になっている。


「二月先生のために、ちょっと頑張ってあげて」

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