第16話 1日休んだら……

 謝るのには勇気が必要。

 許すのにも、同じ量の勇気が必要。


 安藤も二月も友達は多い方ではないが、今でも関係が続いている人間とは、そのどちらもしてきたし、してもらってきたと思っている。

 嫌いな奴と無理に関係を続ける必要はないが、まだ一緒にいたいと思っているのなら、この工程を飛ばすことはできない。


「‥‥‥」


 午前6時15分。里中杏奈はベッドから動けないでいた。

 1週間の休学を明けての、初通学日だった。


 摩耶を始めとした演劇部のメンバーが、「部活内だけで解決する」という方針にしたとの情報を二月から電話で聞いていたが、やはり怖い。


 友人から体力オバケと呼ばれている杏奈は、ベッドから起き上がれないという経験は風邪などの体調不良を除いて存在しなかった。


 検温しなくても分かる。熱はない。

 それにも関わらず、身体が動かない。


(精神的なものだ)

(まさか、幼稚園から元気っ子だった私が、この手の症状に悩ませるなんて‥‥‥。まあ、友達を傷つけようとしたんだ。これくらいの罰は受けて当然だ)


 蒸し暑かったが、掛け布団に頭まで入れて蹲る。

 今は、外界からの刺激に耐えられる気がしない。起きなくちゃいけないことは分かっているが、動ける気がしない。


「杏奈ー。学校いけそう?」

「‥‥‥」


 母からの問いかけに答えることができない。

 あの事件の日、学校まで来てくれた母。おそらく、色々な人に頭を下げたいたに違いないと杏奈は思っている。

 その予想は正解で、正義感の強い彼女は自分の娘のしでかしたことを、自分の罪のように真摯に受け止めていた。


 しかし、休学中に自室に引きこもっている杏奈を無理に出さずに、扉越しで話を聞いてくれた。

 その上で、「全面的に杏奈が悪い」と、娘をエコ贔屓することなく、きちんと叱ってくれた。

 そんな母が、今回も扉越しに話しかけてくれているのに、自分は無視してしまっている。


(自分が、こんなに弱いとは思わなかった‥‥‥)


 己の情けなさに涙が流れそうになる。


「別に休んでも良いけど、この日を逃したら後で大変になるよ」


 それでも優しげな声音で話し続けてくれる母。


「私ね。高校生の頃不登校だったんだ」

「‥‥‥え?」


 知らない母の過去の登場に、短いが声が出た。


「ほら。私って杏奈と違って暗いじゃない? 巧く友達作れなくて学校に行くのが辛くてね。それで、1日休んだら、それからズルズルと休み続けて、半年休んじゃったのよ」

「‥‥‥」

「このままじゃ進級できないってママ‥‥‥あ、ママのママね。のところに学校から連絡があったらしくて、それからやっとお尻に火がついた感じ」

「‥‥‥そんなんだ」

「うん。もう単位を取るのに苦労したわよ。でもね、杏奈。アナタの場合は優しい人達が学校で待ってくれてるでしょ」

「‥‥‥」

「大丈夫よ。杏奈なら」

「‥‥‥うん」


 杏奈は先程までよりは軽くなっている身体を起こして、制服に着替え出した。

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