第34話 解体

 その夜は、清美にとって1番のトラウマになった。


 兄の交際相手だったという女性のマンションの1室に行った。1人暮らしとのことで、簡素な部屋だった。物に固執しないタイプだったのだらうか。


 件の女性はリビングで息絶えていて、恐る恐る近づいてみると、吉川線が確認できた。

 吉川線とは、自ら首を吊ったのか他殺なのかを判断する基準の1つだ。殺される際に抵抗した場合につく痕があるか無いかで操作は進められる。


 清美はミステリー小説も好んで読んでいる。

 吉川線は、その際に身につけた知識だ。

 しかし、彼女は小説‥‥‥つまり物語の情報が間違えている場合もあることを知っている。だから、専門書やネットでも軽く調べた。その際に見た吉川線の写真や画像も見たことがある。

 汗疹のような赤い痕は、清美の頭にしっかり刻み込まれた。

 その清美が、目の前の女性の首に吉川線があることを確信した。


 どんな人だったのかも知らない女性だが、実の兄が絞殺したのだ。意味がないことは分かっているが、土下座をしたくなる。

 まだ若い。

 人生が楽しいものだとは胸を張って言えないが、あんなニート予備軍に殺されて終わったなんてあんまりじゃないか。


「よし。清美、これで指を切ってくれ。僕は首とか力がいるところを担当しよう」


 父が差し出してきたのは、鮫島家から持ってきた包丁だ。


「えっと‥‥‥バラバラにするの?」

「そりゃそうだろう。じゃないと運ぶ時に大変じゃないか」

「‥‥‥」


 自分の家族がヤバいと知ってはいた。しかし、これほどまでとは。


「ほら。早くしないと、お兄ちゃんが困るぞ?」


 別に困っても良い。何なら死刑になっても良い。

 当の殺人犯は、母の横で蹲っている。まるで、自分がこの世で最も不幸な存在かのように震えている。それの頭を母は撫でている。

 もう1度言っておこう。こいつは大学4年生の男だ。


「清美。どうかしたのかい? もしかして、家族の力になれないというのかい?」


 口調は優しいが、有無を言わさない威圧感があった。

 父の右手には包丁、左手にはノコギリを持っていた。

 その状態の人間を怒らせたら、何が起きるのかは容易に想像できた。


「‥‥‥」


 清美は黙って包丁を受け取った。


「良い子だ」

\



 指を切る感触は、1週間経った今でも鮮明に残っている。


 当たり前だが、人間の指には骨がある。それごと切るにはありだっけの力を込めなくてはならなかった。


「オェェェ!」


 1本切るたびに、清美はトイレで嘔吐した。


「清美! 頑張って!」


 そんな娘に、母は正気の沙汰とは思えない声援を送る。

 父は、黙々と胴体を切り刻んでいた。その手際から、これが初めてではないことが分かる。


(気持ち悪い頭痛い目が霞む。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)


 そう思いながらも、清美は10本切り終えた。


「‥‥‥」


 その頃には、清美は人間として大切な何かを失っていた。


 その後、父の運転する車で県外の山に行き、死体遺棄をした。

 穴を掘る役目は、変わらず父と清美だった。

 当の本人は泣いているフリをしていたが、清美は見逃さなかった。

 1瞬、気味の悪い笑みを浮かべていたのを。

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