第33話 家族の絆(枷)
家族。
それは、絶対的な絆と同時に強力な枷でもあると清美は思っている。
あまりにも強い関係性が、人間としての常識を喪失させる。今の鮫島家で、冷静な判断ができているのは清美だけになってしまっている。
何故、清美がそんな思考に至ったのか。
どうか、彼女の話を聞いてほしい。
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鮫島家は、コンビニ店長をしている父と、専業主婦の母、大学生の兄、そして清美の4人家族である。
比較的、仲の良い家族で、夕食の際に家族全員で穏やかな雰囲気で近況報告をするような、側から見れば問題のない家庭だった。
両親揃って度を越した心配性であることを除けば。
特に、子供のことになると歯止めが効かない。
清美が風邪を引いたものなら、ここらで最も大きな病院を調べて救急車を呼ぶレベル。
「市販の薬飲んで、寝てれば治るから!」
「でも、もし違う大病だったらどうするの! ちゃんとしたお医者さんに診てもらうべきよ!」
「僕も母さんに賛成だ。清美に何かあったら、僕達は生きていけない」
わざわざ仕事を休んでいる父も、トンチンカンなことを言う。
そんな口論をすること1時間後、清美の努力は身を結ばず、救急車を呼ばれることになった。
1時間も喋り続けていたので、症状は悪化し続けて反論する気概すらなくなってしまったのだ。
目立つ救急車のサイレンに、もちろん近所の人達は気づく。結果、後日清美はこんなことを言われることになる。
「清美ちゃんは、どこか悪いの?」
「私達にもできることがあったら言ってね」
「ご家族も大変ね」
と、事情を知らない彼女らは噂を広める。
その結果、清美はすっかり「病弱な子」というイメージがついてしまった。
このことがあってから、清美は体調が悪くなっても親に言わないようにしている。
ヨロヨロと1人で薬局に行き、薬を飲んで公園のベンチでうたた寝することで健康を維持している。
そんなある日の夜10時。
兄が帰ってきて、とんでもないことを言い出した。
「ごめん‥‥‥人殺しちゃった」
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兄は甘え上手な性格で、ある意味両親とは相性が良かった。子供の頃から、オモチャや漫画は好きなだけ買ってもらっていたし、食べものの好き嫌いも許してもらっていた。
甘やかしてほしい長男と、甘やかしたい両親。どちらのニーズにも応えられている完璧な関係性のようだが、清美からしたら不気味に写っていた。
兄は大学4年生だというのに、バイトはおろか、部活もボランティアもしたことがない。
何もしたことがないから、自分に何ができるのかも分からないまま、成人を超えてしまったのだ。
清美は、そんな兄を反面教師にして、自分でできることは自分でするように心がけた。結果、多少キツい性格になってしまったが、兄よりよっぽど、しっかりした人間になることができた。
そんな兄が、人を殺したと言う。
「え? え? その‥‥‥相手? の人はどこ?」
清美もパニックになり、要領の得ない質問をしてしまう。
「愛美の家で死んでる‥‥‥ねぇ、どうしよう」
どうしようと言われても、警察に行く以外の選択肢はないだろう。身内と言えど罪は罪。人間社会を形成する上で殺人犯を野放しにしておくわけにはいかない。
「えっと、けいさ‥‥‥」
「慶ちゃんは怪我はないの!?」
清美が言いかけた警察という言葉を遮るように、母が兄に問いかける。
「う、うん。僕はない」
「良かった」
(良かった? 今、良かったって言った?)
母と兄の会話が信じられない。
細い糸に縋るように父を見ると、彼も安心した表情をしていた。
(‥‥‥気持ち悪い)
家族に対して、素直にそう感じた。
(この人達、気持ち悪い)
心配するなら、被害者の方だろう。こんな奴が怪我してようがしてなかろうがどうでもいい。もしかしたら、まだ息があるかもしれない。至急、警察と救急車に連絡するべきだ。
そんな当たり前の思考を、この3人は持っていなかった。
「大丈夫よ。慶ちゃん。私達が何とかするから」
「あぁ。こういう時に助け合うのが家族ってもんだ。な? 清美?」
父が、笑顔で清美に聞いてくる。
「う、うん」
肯定してしてしまった清美を、どうか責めないでやってほしい。
何故なら、父の目は笑ってなどいなく、もし断ったら何をするか分からない不気味な表情をしていたから。
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