第32話 距離感
鮫島清美は、予想外の安藤昌哉の登場に焦っていた。
いつか。そのうち。年内には。
と先延ばしにしていた要件を、学校のトップに話せる機会がきてしまった。
簡単だ。「少しだけ、お時間よろしいですか?」と聞いて相談の場を整えてもらえば良い。効率的であることで有名な安藤のことだ。清美が抱える問題にも迅速に対応してくれるだろう。
「私、図書館とか本屋さんとかくると、どの本棚から見れば良いのか分からなくなるんですよ。いっぱいあるから」
「特に難しく考えることはないです。たまたま手に取った本の表紙が気に入ったとか、そんな基準で良いんです」
「そんなテキトーで良いの?」
「えぇ。確か里中さんは元バレー選手でしたね。シューズを買う時、性能はもちろんですが、デザインに魅了されることはないですか?」
「あぁ。ありますあります」
「その感覚で良いんです」
「そうなんだ‥‥‥じゃあ、あの漫画っぽいコーナーに行ってきます!」
「ライトノベルですね」
里中さんが本棚に向かう。
安藤さんは、文学コーナーに向かう。
どうやら、「はじめての読書」に付き添ってあげているらしい。あの番組のカメラマンのように、ずっと張り付いていない辺りのユルさに、清美は好印象を抱いた。
案内人に、付きっきりで側にいられるのは、それなりのストレスが生じる。
例を挙げれば、少し高いコーヒー専門店に入ったとしよう。
普段は缶コーヒーか安いドリップくらいしか飲まない。しかし、新しい扉を開きたくて勇気を出して来店してみたのだ。
そこに、オシャレな髪型の年齢不詳の店員が現れる。
こちらはド素人なので、コーヒー豆の現地がとうとか語られても、良さが分からない。
愛想笑いをしながら、話を聞くこと10分。その店員は通常業務に戻ることなく、こっちが何を買うかを観察している。
嫌な汗が垂れる。
その結果、その場から逃げるために店員なオススメしていた商品を買って外に出る。
開放感とともに、もっとゆっくり選びたかったという後悔を感じながら、家路についた‥‥‥。
という経験をしている清美にとって、安藤の最低限の情報を与えた後、視界には入らないけれど、分からないことがあったらすぐに聞けに行ける範囲内にいてくれるのは、初心者にとってはありがたいだろうなと思う。
「安藤さん、このラノベの表紙の女の子可愛い。内容もラブコメっぽいし、これにする」
「はい。では、貸し出しの手続きをしましょうか」
それから、半分放心している清美の代わりに由佳がカードの発行などを済ませてくれた。
「ありがとうございました」
「ありがとうねー」
2人が去っていくのを見送りながら、清美は隣にいる由佳にすら聞こえないような小声で呟く。
「あの人なら、力になってくれるかも‥‥‥」
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