第35話 行動するための言い訳

「あの‥‥‥安藤さん、少しお時間をもらえませんでしょうか?」


 貸し出し手続きを終えた杏奈と共に図書室を出ていこうとする安藤に清美は、静かだが、不思議と通る声をかける。


 由佳と杏奈は、驚いていた。

 この学校の生徒の間でさ、鮫島清美とは良い意味でも悪い意味でも高嶺の花と知られている。学力が非常に高いことに加えて、今時珍しい、綺麗な黒髪ロングをなびかせる口下手な美少女とお話できる者は限られていた。


「もちろん良いですよ。放課後の校長室でよろしいでしょうか?」


 そんな美少女も、安藤にとって他の大勢いる生徒の1人に過ぎないらしい。いつもの穏やかな対応をしていた。


「は、はい」


 身体を縮こませて、そう返事をする清美に安藤はこう付け加える。


「大丈夫です。校長室は学校の中で最も安全な場所ですから」


 確かに。

 と杏奈は思う。

 セキュリティが強いというのもあるが、1番は安藤昌哉がいるという点だ。

 彼さえいれば、大概のことは何とかなる。

\



 何とかならないかもしれない。


 清美の懺悔を聞き終わり、安藤は弱気になる。

 色々問題があるが、安藤にとって最も厄介な点は敵が保護者である点だ。


(‥‥‥今回は見捨てるか)


 そう思い、改めて清美を見ると、まるで極寒の雪山で遭難しているように全身を震わせていた。

 そう。彼女は自分が死体遺棄に協力したことも話したのだ。


 校長室に来室した瞬間から震えていた。今から聖職者に例のことを話すことは、自分が豚小屋に入れられることにも繋がる。それでも、彼女は話したのだ。

 指を切断したところは、必死に涙を流すのを堪えていた。その姿は、加害者である自分が泣いてはいけないという強い意志があった。兄とは大違いだ。


「‥‥‥」


 この件に首を突っ込むのは、安藤にとってのリスクが非常に高い。清美の父の尋常ではない能力を考えると、裏社会と関係がある可能性は非常に高い。

 もしそうなら、師匠と安藤を追っているアイツらと鉢合わせするかもしれない。


(見捨てろ。お前はもう社会人として生きていくと決めたのだろう。大人しく警察に全てを任せるべきだ)


 そう自分に必死に言い聞かせる。

 そこで、安藤は自分の思考の矛盾に気づく。


(‥‥‥なんで、必死に考えてるんだ?)


 自分のスタンスを貫くなら、見捨てる1択なはずだ。言い方が気に食わないのなら、然るべき機関を紹介すると言い換えてもいい。

 だが、今の安藤は自分がこの生徒を助ける言い訳を探している。

 弱みを握られているとか、校長の業務の範囲内であるから仕方なく。といった動く理由を探している。


 何故だ?

 もう1度、鮫島清美を見る。

 そこには、何をどうすれば良いのか分からずにいる子供がいた。


(‥‥‥あぁ)


 やっと、理解した。


(この生徒は、あの頃の私にそっくりなんだ)


 親と呼ぶべきあの人達に「躾」として、冬の深夜に家を追い出された5歳の自分。

 そんなことが、1ヶ月以上続いた。本来、人間が休息をとる時間、あの頃の自分は当てもなく村を彷徨うことしかできなかった。


<おい。そこのガキ。こんな時間に外彷徨いてんじゃねー。さっさと家に帰れ>


 そんなある日、後に師匠と呼ぶことになる女性と出会った。

 全身黒ずくめだが、頭髪だけは白という目立つ様式の女性だ。この村では見かけない人だった。


 いつもなら、両親と呼ぶべき人達が悪く言われないように、軽くあしらうのだが、この人には通用しないと1瞬で悟った。それくらい、生き物としての格が違う。

 素直に理由を説明する。


<あ? 何だそいつら、サイテーだな! 殺してやりたいけど、依頼じゃないと殺人はできねーんだ。すまんな>


 いきなり殺人なんてワードが出てきて固まる安藤児童。

 子供の繊細さにお構いないの殺し屋は、さらに破天荒なことを言い出す。


<よし! 代わりと言っちゃなんだが、私んとこにこい。寝床くらいは用意してやるよ>


 簡単に言えば、誘拐である。

 しかし、安藤児童は全く抵抗する気が湧かなかった。

 むしろ、やっと自分が収まるところに収まったという安心感さえあった。


「‥‥‥はぁ」


 回想から現実に戻り、ため息をつく。


(厄介なことを思い出してしまった。これでは、この生徒を‥‥‥鮫島清美を助けるしかないではないか。恨むぜ。師匠)


 頭の中の師匠に悪態をつくが、心は華やかだった。

 断罪されるのを待っている死刑囚のような顔色の清美に、声をかける。


「分かった。君の力になろう」

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