第36話 元旦那
サイコパス一家(清美を除く)を相手にするに当たり、安藤がまず取り掛かったのは情報共有だった。
清美が入学する時に提出する書類を確認する。
父。鮫島琢磨、49歳。コンビニの雇われ店長。
母。鮫島まゆり、43歳。主婦。
兄。鮫島英二、21歳。大学生。
当たり前だが、そんな淡白な情報しか載っていなかった。
「‥‥‥仕方がない」
今月は、新しい冷蔵庫を買ったので、これ以上の出費は抑えたかったが、頼りになる探偵さん達を頼るしかなさそうだ。
「できれば、あんまり関わりたくねーな」
星田、珍しく弱気な発言をした。
「そうですね‥‥‥私も生理的に受け付けません」
「俺も、こいつ嫌いです」
「どんな奴なんです?」
今日は星田探偵事務所の全メンバーが揃っている。
嫌悪感丸出しにしている白井、あっけらかんと「嫌い」と言い放つ相馬。そして、置いてけぼりにされて不満な様子の倉科。
倉科。かつて、杏奈をストーキングしていた男だ。
ここに押しつけてから1ヶ月近く経つが、まだ逃げずに続けていたらしい。
安藤が関心半分で見ていることに気づいた倉科は、サッと目を伏せる。容赦のない暴力のトラウマが蘇ったようだ。
「金はそちらの言い値で良いんだが、それでも気が進まないか?」
「いえいえ、気が進まないなんてとんでもない。安藤さんは我々のお得意様ですから、もちろん引き受けて頂きます」
白井は、金払いの良い安藤には愛想が良い。この金ズルを決して他所に渡してたまるかという熱を感じる。
「私どもが、渋っているように見えたのなら申し訳ありません。なにぶん、この鮫島琢磨という男は裏社会でも嫌われ者と知られていまして」
「へぇ」
「安藤さんが、裏稼業でご活躍されていた頃は、ヤンキーと大差のない底辺ヤクザだったのですが、後ろ盾ができた途端に調子に乗り出しまして」
「後ろ盾?」
「はい。大変言いにくいのですが」
全く、言いにくそうではない。
報道担当のアナウンサーレベルでスラスラ情報を述べてくれる。
「安藤さんの古巣である、<Smile>のボスと手を組んでしまいまして」
「‥‥‥」
最悪。
教え子のような感想を抱いた。
語彙力が低下するくらいにそのグループ名には忌々しい記憶が多い。
ボスが代替わりしていないのなら、あの男と対峙することになる。
師匠の元旦那でもある、唐沢俊彦と。
「私らは、金さえもらえば動くが、アンタの方はどうだ?」
「もちろん、平気だ」
大きな傷を抱えた清美の話を聞いた時から、覚悟はできている。
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「ボス」
「‥‥‥」
「ボス」
「‥‥‥」
「唐沢さん」
「ん?」
池袋の人気が少ない、薄汚れた雑居ビルの1室で拳銃を磨いていた男は緩慢に返事をした。
相手は秘書の神田サユリ。ベリーショートがよく似合う30代半ばの女性だ。
「鮫島様が見えています」
「誰だっけ?」
「コンビニの監視カメラのデータを提供してくれている方ですよ」
「あぁ。あのキモい奴か。俺、あいつ嫌い。神田の方で話を聞いといてくれ」
「しかし、ご本人が直接ボス‥‥‥唐沢さんと話したいと言って聞かないのです」
「え〜? 面倒くせ〜な〜」
白髪が混じった髪をクシャクシャ掻きながら、怠そうに立ち上がる。だらしない動きだが、身体つきは70代とは思えないほど仕上がっている。
「あのヤロー、つまんねー用事だったらブッ殺すからな」
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