第37話 悪党の流儀

「お忙しいところ、大変申し訳ありません! ご相談をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか!?」


 面談室と同時に拷問部屋にも使われている部屋に入るなり、鮫島琢磨は、野球部のキャプテンのように、腹から声を出す。

 球児から「元気で良いなぁ」と思えるが、40半ばのおっさんにやられても五月蝿いだけだ。


「聞いてやるから、声落とせ。不愉快だ」

「は! 失礼致しました!」


 何にもわかってねーなと思いながらも、これ以上追い打ちをかけていたら話が進まない。


「座れ」

「は!」


 こうして、唐沢には媚びへつらう鮫島琢磨だが、職場の部下への辺りは強い。


 そいつがお前に何をしたんだと問いたくなるほどに、下には厳しいのだ。上司と部下というより、看守と受刑者のような関係性だ。

 普通に働いているだけなのに、遠くから睨みつける。ターゲットになった部下は、その圧力によってミスをしてしまう。

 それを見た唐沢は鬼の首を取ったかのように責め立てる。


 パワハラというか、イジメに近い。


 何故なら、唐沢を上司と認めている部下は1人もいないからだ。自分に甘く他人には厳しいおっさんは嫌われるに決まっている。

 部下の考えの通り、唐沢は人の上に立つ器は持っていない。ただ、少しばかり世渡りが巧いだけだ。

 誰に胡麻をすれば得するかを見極める能力は、突出している。


 だから、5年前に客として唐沢を一目見た瞬間、悟った。


(この化物についていけば、楽に甘い蜜を吸える)


 どう見ても、カタギではなかった。

 タバコを購入して退店し唐沢をすぐ尾行した。店なんかどうでも良かった。


 しかし、ド素人の尾行がプロに通用するわけがない。いつの間にか人気のない路地に誘導されていて、筋肉隆々の黒服5人に袋田叩きになった。

 その地獄のような光景を、唐沢は鮫島琢磨のコンビニで購入したタバコを吸いながら冷たい目で見ていた。


 人間を見る目ではなかった。


 それはまるで、見たことのない黒い虫を見ているようだ。

 気持ち悪いから見たくは無いが、微かに感じる好奇心で仕方なく見ているような目。


 そんな目を向けられ、鮫島琢磨は何を思ったか。

 性的な興奮を感じていた。

 今の妻以外の女性と身体の関係を持ったことがあるが、彼女らとの性交とは比べものにならない快感を得ていた。


 あまりの気持ち悪さに、黒服の1人が距離をとる。

 それは、人間として至極当然な拒否感だ。

 高揚している表情はもちろん、鮫島琢磨が内に秘めている関わっているだけで不幸になる体質に気づいたのかもしれない。


「‥‥‥おい。ゴミ」


 唐沢が声をかける。もちろん、その呼称は鮫島琢磨を指す。


「俺の何ができる?」


 ボスが対話を試みていることに黒服は空気を読み、リンチを中止する。


「え? そうですね。店の金を流したりとか‥‥‥あ! ウチの監視カメラのデータをお送りするのは如何でしょうか!?」


 血だらけで、楽しそうに犯罪計画を語る姿を見て、唐沢は嫌悪感とともに「使える」と思った。


(こいつは、人として越えてはならない一線を、ついでのように超えることができる奴だ)


 そう評価を受けたことで、9割9分殺されるはずだった鮫島琢磨は生き延びた。

\



 そして、現在。


 良心を母親のお腹の中に忘れてしまったらしい、コンビニ店長は、息子の殺人をもみ消してほしいと言う。


「‥‥‥まあ、俺も悪党だ。今更、人の道を語ることをしねぇよ。お前からの情報は貴重だしな」

「はい! では」

「でも! 1つだけ、どうしても気に食わねぇことがある」

「‥‥‥なんでしょうか?」

「なんで、女を殺した息子本人が挨拶にこねぇ」

「それは‥‥‥あの子も気が動転していて」


 ドンッッッッッッッ。


 1瞬、鮫島琢磨は純弾が放たれたのかと思った。しかし、音の質が違うことに気づく。

 これは、打撃音だ。

 恐る恐る、顔を上げると両者の間にあったチャブ台にヒビができて真っ二つになっている。


「そんなこと知ったことか。本人連れてこい」

「‥‥‥はい」


 身内に甘い鮫島琢磨だったが、それ以上に自分が可愛い鮫島琢磨は、静かに頷いた。

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