第38話 クズの違い
翌日の新家、息子を無理やり車に乗せる際、自分の息子はこんなに体重が重かったのかと鮫島琢磨は気づいた。
あえてタボっとした服を好んできていると思っていたが、着痩せするためだったのだろう。オシャレな服の中に、だらしない身体を隠している。
「嫌だァァァァ!!! 俺は悪くない! 悪くない!」
喚き散らす息子の口を塞ぐ。
「やめて! そんな無理やりに! 可哀想だわ!」
しかし、今度は妻が甲高い声をあげる。
この光景を見たら分かるように、鮫島琢磨はクズでズル賢いということが分かるが、妻の鮫島まゆりと息子の鮫島英二はただの馬鹿だ。
後先考えずに外で大声を出すのは、総じて馬鹿だ。そんなことで解決することなど、この世には無いということに気づいていない。
「エイちゃん! エイちゃん! エイちゃん!!!」
絶叫する妻を無視して、鮫島琢磨は息子を車に押し込み。
車内で暴れないように、ガムテープとロープで縛りつけてから、車を発信する。
深夜だから、静かなドライブになりそうだったが、息子がガムテープ越しに「んー! んー!! んー!!!」五月蝿い音を出しているために雰囲気は台無しだ。
そんな息子に、鮫島琢磨は一言だけ助言をくれてやる。
「大丈夫。痛いのは一瞬だから」
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ヤクザの世界では、何よりも仁義が重視される。
地道に働くことから外れたならず者達が、自分は人間なのだと思い込める唯一の方法。
だが、我々一般人からしたら何の意味もない茶番だ。
よく、映画などで組織を抜ける際に小指をつめることけじめをつけた主人公が表の世界に戻るというシーンがある。そこまでして健全に生き直したいなんて、感動的じゃないか。
しかし、観終わった後、ふと思う。
だからなんだ? と。
感動した。しかし、だから何だと言うのだ。
ゲスい金を受け取り、日常的に暴力を散らすかせている奴が、指を詰めたから罪を償っただと?
世の中を舐めるのも大概にしろ。
しかし、世の中の感性からズレているからこそ、裏社会。
そこで生きる唐沢は、この方法が有効的であると信じていた。
「どっちでもいい。自分の手のひらにナイフを突き刺せ」
「‥‥‥嫌だ」
「は?」
救いようのない馬鹿を見るような目で、鮫島英二を見る。
「お前、自分の立場分かってんのか? それさえやれば、テメーの殺人を握りつぶしてやろうって言ってんだぞ? 男なら、手のひらくらいサクッといけや」
「そ、そういう、男だからとか女だとかって言い方、良くないと思います」
今の話と関係のないことに、反論する鮫島英二。
「‥‥‥本当の馬鹿って、実在したんだな」
唐沢は、こいつは親父以上のクズだと悟る。
この後に及んでも、誰かが助けてくれると本気で思っている。一体、どんな人生を送ったらこんな甘ったれた男になるのだろうか。
とにかく、このガキには自らを傷つけることはできないらしい。交渉決裂だ。
(どうするか。労働力としては論外だし、見た目もパッとしねー。利用方法が思いつかねーな。‥‥‥面倒だ。殺すか)
唐沢が拳銃に手を伸ばしたタイミングで、外が騒がしいことに気づく。
「おい! 儀式が終わるまで待っていろと言われただろう!」
「分かっていますが、1分! 1分だけ入らせて下さい!」
部下と鮫島琢磨が言い争っている声。
つまらない展開に飽き飽きしていた唐沢は、気まぐれとして入室を許可することにした。
「良いぞ。入っても」
その声と同時に、勢いよく拷問部屋のドアを蹴破る鮫島琢磨。
ズンズンと息子に近づいていく。
身内の登場に安堵した表情を浮かべる鮫島英二を、彼は殴りつけた。
「ヴご‥‥‥ッ」
予期せぬ暴力に、床に吹っ飛ばされる。
それから、数えるのが面倒になるほどに、息子の顔面を殴り続けた。
顔は丸から三角に近い形に変形して、これ以上は命に関わる段階に差し掛かる。
「‥‥‥もういい」
唐沢が言う。
「お前らみたいなのに付き合うのは、もう疲れた。もみ消してやるから、今すぐ俺の目の前から消えろ」
「は! お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
無駄にハキハキした声を残して、息子を引きずって下がる。
「‥‥‥はぁ」
モチベーションの上がらない仕事が決まり、ため息をつく。
しかし、彼はまだ知らない。
この下らない仕事のおかげで、長年探し続けていた人間と再開することになることを。
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