第14話 安藤昌哉は恋愛アンチ

「ココアでも飲みますか?」

「‥‥‥はい。ありがとうございます」


 令和の学校では、加害者のケアもしなければならない。

 何故、こんなことをしたのかを話して、生徒の中の闇を軽くするのも教師の勤めだとかなんとか、研修で教育委員の連中がふんぞり返って語っていた。


「日々から心理学を研究して、生徒のために尽力するように」


 ハゲ・デブ・バカと3つのコンプレックスを抱えているおっさんの言うことに反論するのは可哀想だったので、安藤はその場では何も言わなかった。

 しかし、ムチャブリにもほどがあると呆れている。


 心理学をちょっと齧った程度の素人が、カウンセリングの真似事をするなど、リスクが高すぎる。専門職でもない奴にそんなことをされたら「お前は心の病気なんだよ」と言っているのと、ほぼ同義ではないか。

 だから、安藤がこれからすることは会話であって、カウンセリングではない。


 校内の自販機で買ってきた「あったか〜い」ココアを杏奈に渡す。1口飲んで、ホッと1息ついたことを見届けてから、安藤は切り出す。


「里中さんは、大橋さんが好きなのですが?」

「ヴ、ゲッホッ」

「あぁ。すみません。いきなり過ぎましたね」


 唾液と鼻水が垂れている杏奈にポケットティッシュを手渡す。


「な、なんでそう思ったんですか? 証拠はあるんですか?」


 推理小説の犯人みたいなことを言い杏奈。


「証拠というか、なんとなくですよ」


 なんとなく。

 これは意外と馬鹿にできない感覚だ。


 刑事の勘とか女の勘と似たようなもので、理屈というよりは本能が何かを察知する。人間だって動物なのだなら、そういう能力が身に付いていても不思議ではないだろう。


 加えて、安藤には50年以上の人生経験がある。

 本人は「大した人生ではない」と謙遜するだろうが、ボーっと生きてきた連中に比べたら百戦錬磨と評しても言い過ぎではないだろう。


「‥‥‥そうですよ。女が女を好きなんです。気持ち悪いでしょ?」

「大丈夫です。恋愛感情なんて全て気持ち悪いのですから、里中さんだけが変ではありません」

「‥‥‥恋愛って気持ち悪いの?」

「個人的にはそう思っています。私の恩人はそれで苦労していましたから」


 安藤宅で眠る師匠は、他のことは完璧にできるのに男を選ぶセンスは絶望的であった。


(あの男さえ、いなければ)


 何度思ったか分からないことを、再び考えてしまう。恋愛なんて概念が無ければ、師匠の人生は狂うことは無かっただろう。


「そうなんですね。‥‥‥あの、失礼ですけど、安藤さんはその人が好きだったんですか?」

「好きでした。でも、それは教祖を崇める信者のようなもので、デートをしたいとか、触れ合いたいなどは恐れ多くて持てませんでした」


 むしろ、恋なんかよりも強い感情だったと思う。


「そっか」

「はい。そんな神にも等しい人も陥った感情なのです。まだ若い里中さんが振り回されるのも無理はない。まあ、流血沙汰はやりすぎですが」

「はい‥‥‥。許してもらえるか分からないけど、摩耶に謝ります」

「それがよろしいかと」


 話が1区切りついて、安藤は自分用に買っておいた缶コーヒーを飲んだ。


 甘い。


 普段、自分で用意するコーヒーとは違い、激しい甘味が口の中に広がる。甘いものが苦手な安藤は、全て飲み切れるか不安になった。


 もう1度口に運ぶ。やはり、甘すぎる。

 まるで、恋愛のように甘ったるい缶コーヒーをテーブルに置く。


 これは、さすがに捨てるしかない。

 

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