第15話 平子摩耶は遠慮深い

 ごめんで済んだら警察はいらない。

 使い古された表現だが、的を射ている。


 この正論は、時代が進むとともに強くなっていく。SNSの登場によって、昭和や平成前期ではスルーされていたマナー違反や誹謗中傷をした連中の人生に大きなヒビができることが爆発的に増えた。


 例えば、世の中を震撼させた回転寿司ペロペロ少年だが、今までもバレていなかっただけで似たようなことをしていた連中もいたはずだ。

 容易に動画や写真を投稿できる時代になったからこそ、見つかった悪行。しかし、あの少年を非難していた人達の中に回転寿司でイタズラしたことが者がいたとしても、二月は驚かない。


 何故なら、人間って奴は他者を陥れるためだったら自分を棚に上げられる気持ち悪い生き物だということを知っているから。


「‥‥‥私も悪かったんです」


 しかし、保健室に横になっている平子摩耶は、自分の知っている気持ち悪い人間とは違うらしい。


「私、杏奈ちゃんが桜ちゃんのことを特別に想ってることに気づいてた。その上で、私の方が桜ちゃんと仲が良いんだぞって見せつけてたんです」

「ふーん。まあ、分かる気がするな」

「え?」


 怒られると小刻みに震えていた摩耶は、二月な予想外の返答に戸惑った。

 摩耶は、どこか冷たい雰囲気を纏っている遊佐二月を苦手に感じていたから、なおさらだ。


「俺にも好きな人はいる。奴を俺と同じような年代の男が狙っていたら邪魔してやろうくらいは思うだろうよ」


 30代の男性の口から「好きな人」と発言したのを、摩耶はフィクション以外で初めて見た。無意識のうちに、恋愛とは若い人のものだと思っていたのだ。摩耶は自分の視野の狭さに恥ずかしくなる。

 大人に多様性を受け入れよと声高に主張するのに、大人が少しズレたことをすると馬鹿にするSNSの1部の連中と、根本的には同じじゃないか。

 そんな反省を真剣にする真面目な女子高生は、きっと、この腐った世界は生きにくくて仕方がないだろう。


「まあ、そうは言っても平子さんは悪くないから、無理に里中さんを許さなくて良い」


 そんな真面目さんは二月の言葉に冷や汗が出る。摩耶は額に汗をかくタイプで、前髪が少し湿っているのが気になる。


「‥‥‥」


 脳内で整理ができずに黙ってしまう。

 幼い頃から、自分で何かを決断するのが苦手だった。


 母から2つお菓子があるから、どっちか好きなのを選んでねと言われた時に、固まってしまった。

 確か、チョコ菓子とバニラアイスの2択だったと思う。


(2つとも好きだからどちらでも嬉しい。でも、どっちでも良いと答えたら可愛げのない子供だと思われそう。おそらく、余ったお菓子は姉の元に渡るのだろう。だとすると姉が好きなお菓子は残していた方が良い。姉はどんなタイプが好きだったっけ?)


 そうしてグルグルと考えているうちに、母から「チョコで良いね」と決めてくれたことにホッとした。


 そんな遠慮気味な彼女に、遊佐二月はヒントを与えた。


「平子さんのラクな方を選ぶと良いよ」

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