第40話 殺しの天才

「そっちから仕掛けておいて、こんなもんか!? こんなババァ1人殺せんで情けない!!!」


 久しぶりの実践で、アドレナリンドバドバ状態の師匠は、動けない男の身体に車椅子アタックをして吹っ飛ばしていた。

 その周辺には、いかにも裏社会の人間といった風貌の男達が10人ほど横たわっていた。


 不調だった星田探偵事務所だったが、『スマイル』の下部組織の連中の居場所を提供するというファインプレーをしてみせた。

 今回はあまり期待していなかったのだが、嬉しい誤算だった。その要因は、電話口で星田が教えてくれた。


<白井の気合いが、いつもの30倍くらいでな。「安藤さんに見限られたらいくらの損害を被ると思ってるんですか!」って、慣れない聞き込み調査とかもしてたよ>


 こういうことがあるから、多めに金を出すことはやめられない。白井さんが金大好き人間で良かった。


「オラ! オラ! もっと根性見せてみろ!」

「師匠。少し声を抑えて下さい。あと、力加減も。死んだら情報を聞き出せないでしょう」


 瞳孔が開いているのではないかと心配するほどに目力を込めてい師匠が、ふっと我に返る。


「あぁ。済まない。少し高揚しすぎたようだ。私の悪い癖だな」


 恥ずかしそうに言ってくるが、現役の頃はこんなものではなかったから今更だろう。

 海ではしゃぐ女子高生のように、ゲーム大会で盛り上がる小学生のように、コンパ中の大学生のように「本気」で人殺しを楽しんでいた。


 そう、師匠は殺しの天才だった。

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 天才という評価を軽々しくするのは失礼という吹聴がある。


「その人だって、死に物狂いで努力してきたらからこそ、凄い実力を身につけたんだから、天才の一言で片付けるのは失礼だよ」


 異論は無い。努力の大切さは充分に理解しているつもりだ。

 しかし、分かっていても安藤は師匠を天才と思わざるを得ない。


 例えば、安藤は人を殺すのに未だに躊躇する。自分が撃った銃弾によって相手が死んでいく様は、見ていて気持ちのいいものではない。

 どれだけの悪人であっても、自分如きが引導を渡す資格があるのかと疑問に思う。

 若い安藤は、そんな悩みを師匠にしたことがあったが、返ってきた返事によって、自分はこの人に一生敵わないのだと悟った。


「資格? そんなもん、殺し屋なんだからあるに決まってんだろ。私ら、殺しを売る仕事をしてんだぜ?」


 安藤は密かに、哲学的な話になるのではないかと期待していた。歴史上の偉人とかの名言を引用して賢そうな論争を繰り広げるものだと思っていたのだ。

 しかし、師匠は仕事としてやっているんだから資格はあるに決まっていると、すぐに結論を出てしまった。


「そんなことよりさ、この間の依頼でターゲットから奪った短剣が割と良くてな? ほら、カッケーだろ?」


 そんなことより。


 安藤にとっての人生丸ごとを使って考える事柄を、「そんなことより」で済ませられた。

 普通なら、真剣に向き合ってくれないことに怒る場面だが、読者の皆様も知っての通り、安藤は変わった感性をしているので、「格好良い」と思ってしまったのだ。


 自分がウダウダ考えている間に、師匠は次のターゲットを殺すための道具に目を光らせている。


 絶対に真似ができない。こういう人間が殺しの天才なのだと悟った。

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