第39話 地獄行き確定
星田探偵事務所は、優秀な人材が揃っている。
今まで、どんな無茶な依頼をしても、1週間以内には何かしらの進展を報告してくれた。しかし、今回は苦戦しているようだった。
「申し訳ありません。あいつら、中々尻尾を出さないです。もしかしたら既に後ろ盾の組織と話がついているのかもしれません」
校長の業務の傍ら、白井からの電話は「進展無し」という旨の報告だった。
しかし、何も分からなかったというのも、立派な報告だ。それを知っていないと、安藤側も次の行動に移しずらい。
「そうですか。わかりました。これからも捜査をよろしくお願いします」
怒っているような切り方にならないように、そっと通話終了をタップする。
(星田達でも、歯が立たないとなると、いよいよスマイルが関わっている可能性が高まってきたな‥‥‥)
だとすれば、交渉の席につくこと自体は簡単だ。
金はあるくせに貧乏性な唐沢のことだ。どうせ、汚い廃ビルから拠点を移していないだろう。
何年も通い詰めた場所だ。目を瞑ってでもたどり着ける自信がある。
しかし、そうなると師匠の身に危険が及ぶ。
「‥‥‥どうすっかなー」
つい、ひとりごとが盛れる安藤。
電話をするために、人気のない中庭にいる。
9月に入って3週間は経つのに、まだまだ暑い。
空を見上げれば、憎たらしいほどの青空が広がっている。今の安藤の気持ちとは正反対の風景だ。
<あんまり下ばかり向いて歩くな。空を見上げるだけで、ちょっとは気持ちが晴れるもんだぜ>
かつて、師匠に言われたことを思い出す。
その時、安藤はまだ若かったので、「スピリチュアルみたいなこと言いやがって。気持ち悪いババァだな」と失礼極まりないことを思っていたが、今なら、その効果がよく分かる。
袋小路に迷い込んでいた思考に、少しだけ光が見える。
1人で考えていても、限界があるのだ。だったら、人に相談すれば良い。
「‥‥‥師匠に相談してみるかぁ」
\
「私も一緒にいく」
<ちょっとコンビニ行ってくるけど>に対する返事のような軽さで師匠は言う。
「‥‥‥本気ですか?」
「あぁ。いつかは会わなきゃならないと思ってたんだ」
「高確率で殺し合いになりますよ」
「元からロクな死に方できるとは思ってねーよ。安らかな最期を迎える資格なんか、私にはない」
師匠とて、殺し屋として何人ものターゲットを殺してきた罪人だ。神とやらがいるのなら、このまま楽に死なせてくれないことくらいは分かっていた。
「でも、身体が‥‥‥」
「あ。さてはお前、オリンピックばかり観ていてパラリンピックは全然観てないだろ? あの人達凄いんだぜ? 車椅子でスーパープレーを連発させてる。私だって車椅子生活は長い。今やこいつが足だと言って良いくらいだ。そんじょそこらの若い奴には負けんさ」
「‥‥‥」
思い上がっていた。
安藤は、いつからか師匠のことを守るべき存在だと認識していたのだ。
少年漫画に出てくる、主人公の助けをただ待つしかできない、か弱いヒロインに似たような感情を抱いていた。
しかし、それは間違いだ。
今、安藤の目の前にいるのは、自分よりもレベルの高い実力者だ。足が悪いから何だっていうんだ。彼女には、そのハンデをものともしない技術と経験がある。
「じゃあ、1つだけ約束して下さい」
「なんだ?」
これも、余計なお世話なのかもしれないと思いながら、祈るような気持ちで言う。
「絶対に死なないで下さい」
「当たり前だろ」
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