第43話 殺し合いは想像力

「お。久しぶり」


 20年ぶりの安藤との再会を、風邪で3日ほど休んでいた奴に会った程度のリアクションをするのは、スマイルのボスである唐沢だ。


「美樹は元気か?」


 師匠の本名、香川美樹。

 安藤が1度も呼んだことのない、下の名前。


「はい。元気に下っ端連中と殺し合ってますよ」


 唐沢が事務所に1人になるという情報は正しかった。しかし、建物全体が無人なわけではない。忍び込んでいる最中に、3人の黒服と遭してしまった。

 師匠は「丁度良かった。あいつと顔を合わせんの気まずいから、お前が始末しておいてくれ」と言い放った。


「俺1人で勝てると思って言ってます?」

「あぁ。お前は追い込まれた時こそ力を発揮する奴だ」


 微妙に答えになっていない気がするが、俺が死の寸前に陥ることは決定済みらしい。

 まあ、今更か。

 過去のこととはいえ、何人もの命を奪ったのだ。それくらいのリスクは負うべきだろう。

 そう思い直し、社長室のある3階へと足を進めたのだ。


「そうか。元気そうで何より」


 唐沢は敵襲がきたというのに、まだテレビに目を向けている。キングオブコントの煽りVTRを真剣に観ている。


「お前も一緒に観るか?」

「申し訳ありませんが、ウチの師匠もリアルタイム視聴は我慢してるんです。俺が先に観たと知られたら殺されかねません」

「どうせ、俺に殺されるのに?」


 悪く言えば傲慢、しかし、良く言えば勝ち続けた故の圧倒的な自信が、そこにはあった。


「はい」

「‥‥‥そっか」


 唐沢は怠そうに立ち上がる。


「お前は、もう少し賢い奴だと思っていたんだがな」

\



「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 テレビから、観客達の笑い声が響き渡る。今、3組目のコンビがネタを披露している最中だ。

 しかし、安藤は愛想笑いも浮かべられそうにない。


 何故なら、口角を上げるのすら億劫になるほどのダメージを負っていだからだ。

 内臓は既にボロボロ。視界も霞んでいる。

 唐沢からの回し蹴りが、左の踵に直撃する。


(今ので確実に骨が折れたな)


 今年で80を超えるであろう老人に、何故、こんな力があるのかは、考えるだけ無駄というものだ。

 強者は、最初から最後まで強者なのだ。


 しかし、だからと言って、安藤も黙って殺されるわけにはいかない。師匠がここにくるまでに、少しはダメージを負わせておきたい。


 師匠からの教えの1つに「殺し合いは想像力だ」というのがある。

 実力で劣っていても、武器になりそうなものをその場で調達することで優位に立てることを表している。


 安藤は部屋を見渡して、酒瓶に目をつける。

 大事そうに飾ってあるので、唐沢のお気に入りであろう。これで脳天を思いっきり叩き壊してやる。

 そう思い、移動する。


 ‥‥‥が。


「お前、つまらなくなったな」


 唐沢に先回りされている。


「真っ先に目につく武器代わりになる酒瓶だ。俺が警戒しないと思ったか?」


 そう言い終わり、顔面全体に強烈なパンチを喰らい、吹き飛ばされる。


 パリーンッッッ。


 その勢いで窓ガラスが割れて、安藤は3階から地面に落ちていった。

 ピクリとも動かない。


(‥‥‥死んだな)


 そう思いはしたが、一応生死の確認をしに行こうとドアに手をかけると、ドアが破壊された。

 ドアの代わりに見えたのは、車椅子に乗った女性。


「あれ? 安藤は?」


 元夫婦の再会であった。

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