第5話 遊佐二月はパーフェクト(仮)
「ゆさにがつ?」
「そう。遊佐二月」
早川ちとせの周辺依頼をしてもらった報酬を渡すために訪れた星田探偵事務所で、安藤は不思議な名前の人材を紹介されていた。
「私の腐れ縁ってヤツでね。まあ、結構使えると思うから、安藤さんのとこで働かせてやってくれないかなーと思って」
金髪にピアス。さらに鋭い眼光をした星田探偵事務所所長、星田恵。分かりやすくイカつい見た目をした女性だ。
安藤は、頭の良い彼女がこの手の外見をしている理由を、次のように推測している。
依頼人や捜査対象に舐められないように。
一般社会で働くならリスクの多い外見だが、裏社会にズブズブ浸かっている探偵としてはメリットがある。
相手が少しでもビビってくれたら儲けもの。くらいに考えているのではないか。
見た目程度で気圧される程度の人間にしか通用しない手だが、やっておいて損はない戦法だと安藤は思っている。
そんな星田が紹介する人材だ。それだけで優秀だということは分かる。
「担当科目は?」
「数学」
丁度、1年の数学を担当する教師が産休に入ろうとしていることを思い出す。
「分かった。話は通しておこう」
\
「ということで、産休に入った加納先生の代理で今日から入る遊佐先生です」
「数学を担当させて頂く遊佐二月です。よろしくお願いします」
数週間後、遊佐二月は川井高校の職員室で無難な挨拶をしていた。
この男と初めて顔を合わせた時、安藤は自分と同じ匂いを感じ取った。闇に触れた者しか漂うことがない、独特なものだ。
30代前後で、安藤からしたら全然若いのに、どこか達観した雰囲気のある二月。しかし、どこかに熱すぎるものを隠し持っていそうでもある。
教師達は朝礼が終わると、二月はさっさと自分の仕事に取り組んだ。生徒と違って大人は新参者に興味はない。見たところ新卒でもないようだからサポートも必要ないだろうと判断した結果でもあった。
転校生というだけで珍しがられる子供の世界と、あまり興味を持たれない大人の世界。
安藤の個人的な意見としては、大人の世界の方が生きやすかった。
\
一応、安藤は川井高校のトップである故に、初勤務の二月のことは気にかけて見ていた。
しかし、問題全く見つからない。
授業も、それなりに巧いし生徒達とのコミュニケーションも丁度いい。
令和の時代の教師は、生徒との関わり方には気を遣わなければならない。大きな声で怒鳴るなど持っての他で、整合性が取れたことでも、前後の出来事をカットした動画を拡散されたら終わりだ。
このように、教育というものが昔よりも難しくなっている。
しかし、だからといって、安藤は昔が良かったとは思わない。
元から体罰など、怒鳴ることでしか子供達をまとめられない馬鹿のやり方だ。アレを教育と呼ぶのなら簡単だ。
だから、今の時代に合う教師というのは、無意味な威圧感を持つ者でも、生徒の機嫌を伺う者でもない。
その2つのバランスを取れる人間だ。
そういった意味では、遊佐二月はパーフェクトだった。
「バイバーイ! 二月せんせー」
「うん。さよなら」
初日にも関わらず、放課後になれば二月に親しげに話しかける生徒がチラホラいる。
(これは、使える)
有能な男を紹介してくれた星田に感謝だ。
もう、教師として心配することはない。
妙な雰囲気はあるが、頭も悪くないようだし暴走することもないだろう。
「あの‥‥‥」
安心して、校長室に戻ろうとしたが、それを引き止める者がいた。
件の遊佐二月だ。
「この後、お時間頂けますか?」
「‥‥‥はい」
この手のタイプと2人きりになるのは面倒だなと思いながらも、安藤は即答した。
何故なら、それが彼の演じる安藤昌哉だから。
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