第41話 芸人見逃し事件

 下っ端連中は、ちょっとした拷問で口を割ってくれた。


 スマイルのボス、唐沢のある1日のスケジュールだ。

 何でも、午後の6時からコントの日本一を決めるテレビ番組をリアルタイムで集中して観たいから事務所には誰1人入れないらしい。


 この情報はデカい。これで、拷問を続けなくて良くなった。

 安藤はホッとした。拷問はされるのはもちろん、するのも得意ではないからだ。

 動けない相手を一方的に傷みつけるのは、精神的にヤラレる。これを嬉々としてできる知り合いを何人か知っているが、それも才能が絡んでくると思っている。


 知り合いから借りたモデルルームから出る。


(結構な量の血で汚れてしまったが、それらはプロの掃除屋に任せよう)


 ちなみに言っておくと、ホームヘルパーさんとかではなく、殺害現場や拷問部屋を専門とした裏の掃除屋さんだ。

 あの手の仕事は、信じられないくらいの薄給なのだ。もし、会うことがあったら日頃の感謝の気持ちを込めて多めに渡しておこうと思う。

 一見、無駄に見えるこの行為も、白井のような人間になら効果的だということは実証されている。やはり、みんなお金が好きなのだ。


 さて、師匠に報告だ。

\



「キングオブコントは10月12日放送だな。私もリアルタイムで観たかったけど仕方がない。後日TVerで観るとしよう」


 家で待っていた師匠は残念そうに言う。

 キングオブコントは、M-1グランプリ・the Secondと並んで、日本のお笑いの3大祭りに数えても言い過ぎではないイベントだ。お笑い好きの師匠がリアル鑑賞できないのは辛かろう。


 その姿を見ていて、安藤は思い出す。


(そういえば、唐沢もお笑いが好きなんだったっけ)

\



 安藤のかつての上司であり、師匠の元旦那である唐沢のエピソードの1つに、「芸人見逃し事件」というのがある。


 もう30年も前のことになる。


 闇金融からの依頼で、借金を抱えまくった若手芸人を殺してほしいという依頼を受けた安藤。拳銃やナイフの支度をしていると、唐沢が声を声をかけてきた。


「よう。今日、お前の仕事についていって良い?」


 暇なのかなと思いつつ、声には出さない安藤。

 35歳にして空気を読むという、社会において極めて重要な能力を得ていた。


「良いですけど、なんでですか? 言っちゃなんですけど、簡単な仕事ですよ?」

「今回のターゲット、若手芸人らしいじゃねーか。面白い奴だったら殺すの勿体無いだろ?」

「はぁ‥‥‥」


 別に、実力があったとしても芸人の1人や2人いなくなってもお笑い会に大した影響はないだろうに。と安藤は思う。

 実際に、この30年後に長年お笑い会を支えてきた大御所芸人がスキャンダルを起こしてテレビから消えたが、意外なほどに全体のクオリティは落ちていない。

 どんな実力者でも代わりはいる。社会は、そんな冷たいシステムで回っている。


「そいつのネタを1回だけ見てやろう。それが面白かったら助けてやるつもりだ」


 安藤には理解できないことを言う唐沢の目を見ようとしたが、やめた。

 見つめあったら最後、心まで洗脳される気がしたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る