第45話 予告
安藤が校長を辞する決心をするに至っている間、師匠と唐沢は命のやり取りをしていた。
「車椅子の元嫁相手だと、情が湧いていけないな」
そんなことを顔面をぶん殴りながら言う唐沢。
「多少は面白い冗談を言うようになったんだな」
安藤を1発KOした拳だ。ダメージが無いはずない。しかし、師匠は済ました表情で銃を撃つ。
独特のリズムで放たれ銃弾に、さすがの唐沢も反応しきれずに左頬をカスる。
「‥‥‥久しぶりに自分の血を見たよ」
「そうか。お前はつまらん人生を歩んでいるようだな」
先に言っておくと、この殺し合いは師匠が負ける。
言うまでもないことだが、殺し合いで負けるということは死ぬことと同義である。
下半身の機能を失っても優秀であり続けた彼女がこの世からいなくなるのは残念だ。しかし、これは安藤を始めとした周囲の人間が持つ感覚である。
しかし、師匠は死ぬことは嫌ではない。
むしろ、ここ数年は無意識に死場所を探していたようにさえ思う。
「いつか、私を然るべきタイミングで殺してくれる存在が現れるはず」
そんな、少女が白馬の王子様に憧れるように、華々しい散り際を用意してくれる人殺しを望んでいる。
師匠からしたら、それは安藤であってほしいと思っていた。弟子が師匠を超える瞬間として殺害以上に相応しいシチュエーションもないだろう。
しかし、彼女はこの世で最も嫌いな男に殺される。かつて、大好きで現在は大嫌いな男によって、殺される。
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師匠こと、香川美樹。
若い彼女が男に求めるものは力だった。
さらに細かく言うと、自分よりも強い男だ。
しかし、その基準に当てはまる男は大分限られていた。なんせ、美樹自身が、ほとんどの男よりも強いからだ。
ボクシング世界王者でやっと達する領域を望んでいる女は、32歳まで彼氏ができたことがなかった。
そんな彼女にちょっかいを出してきたのが、当時29歳だった唐沢だった。
6月のジメジメしている中、森の奥で自ら殺したターゲットの死体を埋めている最中に、いきなり現れてこう言い放った。
「俺と結婚してくれ!!!」
「‥‥‥あ?」
こんな辺境に人がいると思っていなかった美樹は、唐沢の気配を察知できずに、間抜けな返答をする。
「疲れていた」「油断していた」などと言い訳はいくらでもできるが、これが悪意のある相手だったら美樹はこの場で死んでいた。
(私がなまっているのか? それとも、こいつが私よりも強いのか?)
その頃から裏社会では有名で、腕力だけではなく頭もキレるルーキーが現れたと1部を賑わせていた唐沢のことを、美樹は知らなかった。情報という貴重な資源を軽々しく見ていたのである。
ちなみに、この時が2人の初対面だった。
そんな男からの、突然のプロポーズ。
普通は断る。というか逃げる。
しかし、香川美樹は普通ではない上に殺し屋だ。
故に、答えは決まっていた。
「見られたから、殺す。でも、もし私を屈服させることができたら、結婚でもなんでもしてやるよ」
このエピソード2度目の予言をしよう。
彼女は、ここでも負ける。
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