第8話 大橋桜は猪突猛進

「二月センセー! 演劇部の顧問になって下さい!」


 生徒が入室するのに緊張する部屋ランキング2位の職員室に簡単に入る桜。ちなみに、1位は校長室だ。

 昨日会ったばかりの教師の机までズンズン進み、それなりにヘビーな頼み事をする精神力を持つ勇者、それが大橋桜だ。


「演劇部‥‥‥か」


 コンビニのおにぎりを食べていた二月は、少し考える仕草をする。


「今はまだフリーだけど、俺は演劇の知識が皆無なんだ。他に経験のある先生はいらっしゃらないのか?」

「はい。唯一の経験者が相沢先生だったんですけど‥‥‥」

「あぁ‥‥‥」


 相沢というのは、先ほどちとせ達の話でも出てきた、失踪した教師の名だ。少し重い空気が2人の間に漂う。


「そうですね‥‥‥顧問がいないと大橋さん達も大変だろうし。よし。引き受ける」

「ありがとうございます!」


 生徒が喜んでくれるのは、捻くれ者である二月も悪い気はしない。


「さて。じゃあ、演劇の勉強しないとな」

「え!? そこまでしてくれるの!?」

「当たり前だろう。一応、これでも教師なんだから」

「へぇー! 二月センセーって意外と熱血教師なんだね!」

「ネッッッ‥‥‥」


 自分とはあまりにもかけ離れた評価に、二月は口をパクパクさせる。


「どうかされました?」

「あ! アンドーさん! こんにちは!」


 そうこうしているウチに、二月にとっての要注意人物である安藤昌哉が会話に入ってしまった。


「実は、演劇部の新顧問を二月センセーにお願いしたんですけど、演劇のこと知らないから勉強するって言ってくれたんですよ! ヤバくないですか!?」

「それは、ヤバいですねぇ」


 安藤のような男でも「ヤバい」なんて言葉使うんだなと、どうでもいいことを考える。


「でも、それは二月先生の負担が大きくなりますね。‥‥‥そうだ。二月先生が慣れるまで、私が演劇部の指導をしましょうか」

「え!?」

「え!?」


 同時に驚く桜と二月。


「原則、校長が部活の顧問になることは無いのですが、適任者がいない場合、指導を行うことは許されています。表の顧問の名前は二月先生にして、しばらくの間は私が指導します。業務の空き時間になってしまってもよろしければの話ですが‥‥‥」

「もちろん! それで良いです! ありがたいです!」


 二月を置いてけぼりにして、どんどん話が進んでいく。

 猪突猛進の桜と、無駄な会議が嫌いな安藤は、意外と波長が合うらしい。


「では、二月先生。今日の放課後、第3多目的室にいらっしゃって下さい。私と一緒に部員の皆さんに挨拶しましょう」

「他の部員の子達には、私から軽く事情を説明しておきますね!」

「ほう。それはありがたい。よろしくお願いします」

「はい! こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします」


 あまりのスピードに、二月は間に入ることが難しく、最後に軽い挨拶をすることしかできなかった。

 それから30秒も経たないウチに、桜と安藤は自分達の居場所へと戻っていった。


「‥‥‥」


 昨日は、安藤から先手を取った気でいたが、やはり侮れない。

 食べかけのおにぎりを一気に頬張る。


「‥‥‥ちょっとは気合い入れないとな」


 周りに聞こえるかどうかの小声で、二月は決意を新たにした。

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