11 騎士と公爵の策略
「――以上が報告となります」
ヴィートからの報告を聞いて、公爵家の当主ジークハルト・エメリアは唸った。彼からの報告を聞いている間、彼は冷静ではなかった。「ジーナが平民を装っている……!?」や、「食堂で下働きをしているだと!?」など、いちいち衝撃を受けては、顔を手に埋めていた。
ひとしきり悩む素振りを見せた後で、ジークハルトは顔を上げる。
「まずは此度の貴殿の功績を称えよう。よくぞ娘を見つけ出してくれた」
「はい」
「だが……なぜ、ジーナを連れ帰らなかった?」
「それについて、ご相談があります。……人払いをお願いできますか?」
ヴィートが厳かな様子で告げる。ジークハルトは頷いて、使用人たちに退出を命じた。
1人のメイドが、ヴィートのそばを通り過ぎる時、彼の気を引きたそうにちらちらと見ていた。それは以前、ヴィートに口説かれていた新人メイドだ。しかし、ヴィートは涼しい顔でジークハルトの方を向いている。彼女にはとうとう一瞥もくれなかった。
彼らがいなくなると、ジークハルトは不思議そうに尋ねる。
「……どうした? 本命でもできたのか?」
「そうかもしれませんね」
しれっと告げて、ヴィートはほほ笑む。
「まさかジーナではあるまいな……」
「はは……当たらずといえども遠からず」
「認めないぞ」
「何と手厳しい」
「あれの婚約は失敗だった。私も懲りる」
「はい。私の話もその件についてです」
と、生真面目な顔に戻り、彼は告げる。
「……もし、フィンセント殿下とジーナ様の婚約を解消する方法があるとしたら、いかがいたします? それもこちらからではなく、先方から破棄させる方法です」
「ほう……またよからぬことを企んでいるな?」
ヴィートはある計画について話した。ジークハルトはそれを聞き、黙りこんでいる。気難しい表情で眉を寄せた。
「なるほど。わかった。……確かにその方法であれば、先方の方から
「はい」
「だが、問題はある。ジーナの行く末はどうなる。王族との婚約を解消されたともなれば……あれもまた好奇の目にさらされ、嫁の貰い手はなくなるだろう」
「その点についてはご心配なく。また王族と婚姻なさればよろしいのです」
「何だと……?」
ヴィートは次に、学校でのジーナの様子を話す。第二王子のシストや聖女クレリアと仲良くなっていることを、包み隠さずに報告した。
「ほう。シスト殿下か……。あまり社交の場に出てこない故に、私も寡聞ではあるのだが。ヴィートよ」
「はい」
「…………まともな男なのだろうな?」
ジークハルトの真摯な問いかけに、ヴィートは苦笑する。王族相手に不敬極まりない発言であるが――それほど第一王子がひどかったということだろう。
ヴィートは澄ました顔で口を開く。
「シスト殿下を
「ふっ……」
ジークハルトの気難しい表情が、少しだけ和らいだ。ヴィートはほほ笑み返して、
「シスト殿下はすでに、ジーナ様に心も胃袋も奪われているご様子。私が見ていただけでも、しきりに『美味い』『最高だ』『毎日でも食べたい』とジーナ様に告げていました」
「すでに口説かれているではないか」
「私もそう思ったのですが、なぜか本人たちは無自覚なんですよね」
「それはいかんな。早く婚姻させよう」
ジークハルトはすでに乗り気な様子で言う。
「ヴィートよ。その話に乗ってやろう。貴殿は今後も、学校でジーナを見守ってくれ」
「はい。お任せください」
「ああ、大事なことを言い忘れていた。くれぐれも惚れるな」
「……はい?」
「いくら娘が料理上手で可愛いからといってな」
「は、はは……。さすがに殿下に対抗するのは分が悪いので。……俺も弁えてますよ?」
ヴィートは、参ったな……、という調子で、へらへらと笑うのだった。
+
その日、フィオリトゥラ魔法学校は騒然としていた。
誰もが目を見張り、そちらへと視線を向ける。衆人の観衆を一心に集めているのは、1人の男だった。
彼は堂々とした足取りで、学校内を歩いていく。視線には気付いているだろうが、苦い表情で黙りこんでいる。機嫌が悪そうな様子を隠そうともしていない。「何も言うな、触れるな」という雰囲気である。
向かいの通路から女子生徒がやって来る。男の顔を見て、目を輝かせた。
「フィンセント様……!」
と、男爵令嬢のエリデは、彼に駆け寄る。
「デフダ遺跡からお帰りになられたのですね! ああ、お会いしたかったですわ、フィンセント様……!」
喜色満面の笑みで、声も弾ませている。しかし、フィンセントは彼女に一瞥をくれることもしない。仏頂面で通路を突き進んだ。
彼の隣に並んで、エリデは歩き出す。そして、フィンセントの顔を窺った。
「あら……少し、逞しくなられましたか?」
以前はなよなよとした雰囲気だったが、今はどこか殺伐としている。彼が先ほどから難しい表情で黙りこんでいるのもその一因だろう。
ぴりぴりとした雰囲気を、無言で放っていた。
「去れ」
フィンセントはエリデの方を見ることもせずに、冷たく言い放つ。
「え……?」
「私が会いたいのは、私の婚約者だけだ」
「あの……フィンセント様……」
「私に話しかけたいのなら、ジーナを探してこい。彼女の情報を持ってこい。わかったな!」
彼に怒鳴られて、エリデはびくりと身をすくませる。
「フィンセント様……?」
エリデは怯えた様子で立ち止まる。そして、フィンセントの背中を見つめた。
フィンセントがいなくなった後。
エリデは体を震わせていた。それは怒りからくるものだった。
(ジーナジーナって……あんな『メシマズ女』のどこがいいのよ!!)
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