第3章「女たらしの騎士編」
1 君は王国一美しい!(通算3人目)
――ジーナに友人ができた。
最近のジーナはクレリアとべったりだった。どうやら昼食の時間以外にも、放課後に2人でお茶を飲んだり、街に出かけたりしているらしい。
それは、とてもいいことだ。
と、シストは思っていた。
祝福すべきことである。
そのはずなのに。
この胸のもやもやは何だ――!?
シストの胸には割り切れない思いがあふれていた。その正体がわからず、彼は困惑していた。
焦燥感のようなものに常にかきたてられている。
それに突き動かされて、早朝。
シストは食堂へと向かっていた。ちょうどジーナの出勤に合わせた時間帯である。
手にはジーナに渡すためのチョコレートを提げている。先日、クレリアが「チョコレート菓子を食べたい」と言っていたのが発端だった。ジーナは申し訳なさそうに「チョコレートはなかなか手に入らないから……」と告げた。
その後、シストはすぐに手配して、チョコレートを手に入れていた。それを渡すために、朝からジーナの元に向かっていたのである。
――別に、食材を渡すだけなら、昼食の時間でもいいのでは……?
その疑問には、気付かないふりをした。
食堂の裏口に続く道を抜けた時だった。
「あの……」
耳朶を打ったのは、ジーナの声だった。少し戸惑ったような響きがこめられている。
シストはすぐにそちらへと向かった。
角を曲がると、食堂が見えてくる。その壁にジーナは背をつけていた。対面に誰かがいる。男だ。
そいつは壁に手をつけて、ジーナを見下ろしている。
(なっ……)
と、シストは驚愕する。
(何がどうなってる―――ッ!!?)
男に迫られている、ジーナ。
その姿を目にして、シストは焦るのだった。
+
その日、ジーナは朝早く起きて、食堂へと向かっていた。キッチンを借りて、昼食を作る。それから仕事を始めるのが、ジーナのルーチンだった。
ジーナが小道を歩いていた時だった。
「もう……ヴィート様ったら」
やたらと艶めいた声が聞こえてくる。ジーナは足を止めた。声の主はこの先にいるらしい。くすくす、と楽しそうな女性の声。
嫌な予感がする。覗きは趣味ではないが、ここを通らないと食堂にはたどり着けない。
ジーナは深く息を吐いた。なるべくそちらを見ないようにして駆け抜けよう……!
と、決めて、地面を蹴り上げる。
「君の美しさはフェリンガ王国一だ。どうか今日の放課後、俺と共に時間をすごしてはもらえないだろうか」
「ふふ。考えておくわね」
と、声が途切れたのと、ジーナが角を曲がって、その光景を瞳に映したのは同時だった。
最悪なタイミングだった。男女がこちらを向いている。目が合ってしまった。女性の方は妖艶な様子で笑って、
「じゃあ、またね。ヴィート様」
と、去っていく。男はそちらに手を振り返してから、ジーナの方を見た。じっと見てくる。そのまま動かない。
ジーナは戸惑ってから、足を踏み出す。その横をさりげなく抜けようと試みた。
ちょうど男のそばを通り抜けようとした時、
「ああ……これは運命か!?」
男が身を翻し、道をふさいできた。ジーナは目を点にして、相手の顔を見る。
「あの……何ですか。通してください」
「突然すみません。しかし、あなたがあまりに美しいものだから、このまま別れてしまうわけにはいかないと、俺の心が叫んでいるので」
「は……はあ……?」
「何と可憐な姿だろうか。その美しさはフェリンガ王国一だ」
さっき、別の女性にまったく同じことを言っていなかったか……?
ジーナは胡乱げに目を細める。相手の男は甘い顔立ちの優男だった。確かに女性受けしそうな見目ではあるが……さすがに別の女性を口説いていたその舌の根の乾かぬうちに、同じ文言で口説かれても、胸はまったくときめかない。むしろ、不快感の方が勝る。
ジーナの冷めた目付きに、男はむしろ興奮したように熱を上げる。
「ああ、お待ちください! 行かないで! 俺は本気だ。君に本気になってしまったのだ」
彼が迫って来たので、ジーナは壁に背をつけた。
「やめてください。そこをどいてください」
毅然とした口ぶりで告げた。
と、同時。
「やめろ! そいつに何をしている!」
鋭い声が飛んできた。そちらを見て、ジーナは目を丸くする。シストが男を睨み付けていた。そして、ジーナと男の間に割って入る。
男は面食らったように目を瞬かせ、
「あー……彼氏さんの登場?」
「え……」
「なっ、……ち……ちがう」
戸惑うジーナ。そして、なぜかいったん押し黙ってから、否定するシスト。
そこで男は「あれ?」と声を上げた。
「って、シスト殿下じゃないっすか……。どーも」
「は? お前……ヴィートか」
と、シストも驚いたように告げる。
「お前……そんな軟派な男だったか? まあ、いい。こいつはダメだ。こいつには何もするな」
「所有権を主張されてますか、俺?」
「ちがう!!」
その時だった。どこからか女性の声が聞こえてきた。「ヴィート様! どちらにいらっしゃるの?」という声。ちなみに先ほどヴィートに口説かれていた女性とはまた別人である。つまり、これで3人目だ。
ヴィートはそこでハッとして、
「あ、そっか。レナちゃんとも約束してたの、忘れてた。じゃあ、そこの可憐な君、また会おうね。ついでに殿下も」
「だから、こいつには手を出すなよ!?」
噛み付くシストをさらりと流して、ヴィートは去っていく。「いやーごめんごめん。ああ、今日も君の美しさはフェリンガ王国一……」などと聞こえてくる声に、ジーナは呆れ果てていた。
それはシストも同じらしい。苦い表情で目を細めている。
「少し会わない間に、あそこまで変わるとは……」
「お知合いですか?」
「まあな」
と、シストはジーナに向き直る。
そこでジーナは気付いた。
「シスト様はこんなに朝早くから何を?」
「え? は……?」
すると、なぜかシストは焦った様子で目を逸らしてしまう。
それからぶっきらぼうに袋を差し出してきた。
「これをお前に渡したくて」
「あ……これ」
中を覗いて、ジーナは目をパッと輝かせた。
「チョコレートですね。ありがとうございます。これでさっそくお菓子を作りますね」
「ああ。……楽しみにしている」
シストは頷いて、ジーナの顔を見る。頬を緩めて、優しそうな笑みで答えた。
ジーナはほほ笑み返してから、ふと気付いた。
「昼食の時でも大丈夫でしたのに。わざわざ届けてくださったのですね」
「に……日課の散歩のついでだッ!!」
なぜか焦ったように言われるのだった。
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