2 急募・お嬢様の行方


 ヴィート・ランディ。

 彼は2年生に編入した生徒だった。

 フェリンガ王国の騎士団に所属し、「騎士伯」の爵位を持つ。現役の騎士がこの魔法学校に通うのは珍しかった。

 というわけで、学校内で彼はすでに話題の人物になっていた。多くの令嬢が、彼に熱を上げていた。

 甘い顔立ち。動作は流麗で、おとぎ話の中の騎士のように様になる。

 さっそく多くの令嬢から、彼は茶会に誘われているようだ。


 ジーナはその様子を目にする度に、不思議に思っていた。

 初日に彼の女たらしの本性を目にしてしまっただけに、不快感がすごい。

 ヴィートは来るものは拒まず。どころか、自分からも迫る迫るの精神で、次から次へと女性に言い寄っているようだった。


 その様子をクレリアも見かけたらしく、蔑む目で告げる。


「私、ああいう人、絶対に無理!」

「さすがにちょっと……節操がないよね」


 と、ジーナは頷いた。


「ああいうのと付き合うのってきっと同類だから。ジーナは、気を付けてね」

「え……ええ」


 そう話しながら、いつもの昼食場所に向かっていると。

 ジーナとクレリアは息を呑んだ。向かいの通路から、件の男がやって来たのである。ヴィートが親しげな様子で話しかけているのは、何とシストであった。


「し……シスト様~~!?」


 クレリアは目を剥いた。そして、きつい眼差しでヴィートを睨み付けた。


「やめてください! シスト様をそっちの道に引きこまないで!!」

「聖女、少し黙ってろ」


 と、呆れたように言うシスト。

 ヴィートはじっとクレリアを見ている。そして、目にもとまらぬ速さで距離を詰めてきた。


「ああ、何て可憐なんだ。あなたの美しさに、俺の心は打たれてしまった……」

「ひぃ! 何のひねりもない口説き文句!!」

「お前もやめろ」


 クレリアは怯えて、ジーナの背に隠れる。

 シストが制服のフードを引っ張り、ヴィートを引きはがした。


 ジーナは尋ねるようにシストを見る。すると、その疑問を汲みとって、シストは答えた。


「ヴィートとは前の学校が同じだったんだ」

「そうそう、殿下とは昔から親しくさせてもらっていて」

「別に、親しくはないが?」


 ばっさりと切り捨てて、話を続ける。


「それで、こいつが人を探しているというから、話を聞いていた」

「はあ……人探しですか?」

「そうなんだ。君たちにも聞いておきたい。もし、知っていたら教えてほしいんだけど」


 と、軽薄な顔付きを引き締め、ヴィートは真面目な表情に変わる。


「髪は銀で」


 ジーナは頷いた。


(……銀髪……)


「目の色は青」


 ジーナはそこで首を傾げた。


(あお……)


「あ、背丈は君くらいだ」


 ジーナはそのまま目を見開く。


(身長は私と同じ……)


「年齢は17。とても美しい。フェリンガ王国一美しい女性だ……そんな子を知っていたら、俺に教えてほしい」


 ぱちぱち。

 と、目を瞬かせてから。

 ジーナは手を震わせる。


(……美しい、かどうかはともかくとして。私だ。どう考えても、私……!)


 そこでシストも気付いたように、


「……ん? 待て。それって……。ジーナ・エメリア?」

「そうそうジーナ様。殿下の昔の……」


 ヴィートが何かを言いかけるが、シストがすかさず、


「その話はするな」

「すみません。殿下はこの話、嫌いでしたね」


 と、苦笑いで口をつぐむ。

 ジーナは目を曇らせて、視線を逸らした。


 今、ヴィートは何を言いかけたのだろうか。シストが不快そうな顔をしていたから、「殿下は彼女のことが嫌いなんですよね!」とかだろうか。


(そっか。やっぱり、公爵令嬢としての私は、シスト様に嫌われているんだ……)


 と、考えて、ジーナの胸が締め付けられるように痛む。

 そこでジーナの背中に張り付いたままだったクレリアが、「あのー」と声を上げた。


「その方とランディ様はどんな関係にあるんですか?」

「ああ、そこの可憐な君。どうか俺のことはヴィートと呼んでおくれ」

「嫌です」


 クレリアの素っ気ない態度にもめげずに、ヴィートは話を続ける。


「それでジーナ様についてだったね。彼女は俺の未来の婚約者と言えるかもしれない」

「……え?」

「………………は?」


 ジーナは思わず声を漏らしてしまった。『そんな話、私は聞いてない……!』と、困惑する。

 一方、シストは氷点下の眼差しをヴィートに叩きこんでいる。


「すみません。冗談です。マジ切れしないで、殿下……!」


 クレリアがジーナの背からひょっこりと顔を出す。

 ジーナに尋ねた。


「ジーナは何か知ってる?」

「……ジーナ?」

「あ、そういえば同じ名前だね!」


 ヴィートが不思議そうに反芻すると、クレリアも気付いて声を上げた。

 ジーナは何も言えずに固まっていた。


 ヴィートがジーナの前にやって来る。こちらの顔を凝視して、す……と、目を細めた。まるで何かを見透かそうとするかのような、鋭い眼差しだった。


「君の名前はジーナというのか」

「は……はい」

「なるほど」


 ヴィートは生真面目な口調で告げて、頷く。

 ジーナの胸がドキドキと騒ぎ出した。

 まさかこの人……何か気付いて……?

 と、胸騒ぎが止まらない。何も言えずに、唇をきゅっと引き結んで、彼の顔を見返す。


 ヴィートはジーナの手を恭しくとる。

 その場に跪くと、


「ジーナちゃん……名前も可憐だ。どうか俺と結婚を前提に交際してくれないか」

「帰れ!」


 シストに蹴り飛ばされて、軽薄騎士は吹っ飛んだ。



 +


 ジーナたちと別れた後。

 ヴィートはその場から動かず、じっと視線を向けていた。それはまるで狩人のような、鋭い眼差しだった。

 彼が後ろから狙いを定めているのは、1人の少女。

 ジーナだった。


「ジーナ……ジーナちゃん、ね……」


 彼女の名前を口で転がす。

 そして、目を細めて、彼は続けた。


「――なるほど」

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