3 油断できない騎士様


 ジーナは自室で呆然としていた。


(なぜあの人は、私の行方を探しているんだろう……)


 と、昼間のことを考える。ヴィート・ランディ。彼はジーナ・エメリアの行方を探していた。

 彼はきっと誰かに頼まれて、フィオリトゥラへやって来たのだ。問題なのは、その依頼主が誰なのかということである。

 それが公爵家の人間ならまだマシだ。だが、もし、彼がフィンセントの遣いの者だったら……?


(……正体は絶対にバレないようにしないと)


 と、ジーナは決意する。


「おやすみ。ベルヴァ」


 黒犬へと声をかけると、ベルヴァはすでに夢の中だった。ベッド脇で丸くなり、自分の腕に顔を乗せている。その穏やかな顔付きに安心して、ジーナは小さく笑うのだった。




 次の日。

 昼食の場に、いつものメンバーとは異なる人物が待っていた。


「俺もご一緒してもいいですか?」


 と、軽い口調で告げたのは、ヴィート。彼の顔を見つめて、ジーナは固まる。あまり彼と関わるのは得策ではない。


「お前……何しに来たんだ」


 と、シストは嫌な顔をしている。クレリアも同様に、頬を膨らませて、


「嫌です。ダメです。私のお肉取り分が減っちゃうじゃないですか!」


 ジーナは表情を変えずに、視線を漂わせる。肯定も否定もしなかった。すると、ヴィートはあっけらかんとした様子で、


「いや、大丈夫。ちゃんと自分の分は持って来てるしさ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 と、ランチボックスをとり出した。

 ジーナとシストは目を見合わせる。


「シスト様がいいとおっしゃるのなら。私は構いません」


 シストは警戒した視線でヴィートを見る。

 すると、ヴィートは途端に顔付きを引き締め、真面目な声を出す。


「殿下。お願いします。これは今後に関わる、重要事項ですので」

「わかった。だが、ジーナに妙なことをしたら、叩き出すぞ?」

「クレリアちゃんにはいいんですか?」

「ダメに決まっているだろ! ジーナにも聖女にも妙なことはするな」


 なぜか焦ったように言い直す、シストだった。


 というわけで、4人は同じテーブルに着いた。

 ジーナはその日の昼食をテーブルに広げる。ジーナの作る料理は日に日に豪勢になっていた。シストやクレリアが「美味しい!」と褒めちぎってくれるので、作る側としても気合が入る。普通なら手に入りづらい食材もシストが差し入れてくれるので、料理の幅も広がっていた。

 以前は買っていたパンも、最近は自分で焼いている。


 今朝焼いたばかりのフォカッチャに、メインの肉料理、バジルとチーズのサラダ、デザートにはチョコレートがけのアーモンドケーキ……。

 ヴィートが眉をついと上げて、料理を眺めている。


「わ、すっごく美味そう……。え、これ、ジーナちゃんが作ったの?」

「……はい」

「へぇ……」


 と、ヴィートは目を細めて、口元を上げる。どこか含みのある笑みだった。ジーナは彼から視線を逸らす。一方、クレリアは威嚇するような眼差しでヴィートを睨んでいた。


「あげませんよ!」

「えー。ひどいなあ。こんなにいい匂いしてるのに……」

「お肉はあげません!」

「クレリア……はい、お肉」

「あむ!!」


 と、クレリアを黙らせてから、ジーナはヴィートに向き直る。


「たくさんあるので、ランディ様もよかったらどうぞ」

「え、いいの? やった。あ、それって、オリーブの肉詰め? 俺、好きなんだよね」

「はい」


 彼が手を伸ばしたのは、オリーブの肉詰めフリットだ。ひき肉にアンチョビやニンニクを混ぜて、オリーブの実に詰める。パン粉をまぶして、からりと揚げた料理である。噛めばさくさくの食感、オリーブのほろ苦い味と肉のジューシーさが混ざり合う。

 ヴィートは一口食べて、「ん!?」と目を見開いた。


「う………………美味うまっ!!」


 驚愕した様子で料理を見つめている。


「え、何これ、すっげえ美味い! というか、美味すぎ……ジーナちゃんって天才?」

「そんな……」


 と、委縮するジーナ。

 代わりにシストが胸を張って告げた。


「そうだ。ジーナの料理は世界一、美味い」

「……なぜ殿下が得意げなのですか?」


 シストも同じ物を食べて、ぱっと顔を輝かせる。


「ん、美味い。ジーナの料理はどれも最高だな」

「いやー、美味い! すげえ美味いよ、これ!」


 と、ヴィートはすっかり料理に夢中になっている。シストがその様子を見て、目を細める。


「ところで、何か確認したいことがあるとのことだったが……」

「まあまあ、先にいただいてしまいましょう。殿下。こんなに美味しい食事が並んでいるのですから」

「あー! ランディ様! それは私が目を付けていたお肉です!」


 と、いつもより賑やかに食事の時間は過ぎていく。皆が「美味い!」「美味しい!」と褒め称えるので、ジーナは恥ずかしいやら、落ち着かないやら。


 食事を食べ終わると、ヴィートは机に何枚かの紙をとり出した。


「少し失礼いたします。この書類を急遽仕上げなくてはならないので……」


 と、生真面目な表情で何かを書きこんでいる。ペンを走らせながら、彼は何気ない口調で言った。


「ところで、ジーナちゃん」

「はい」

「シスト殿下とずいぶん仲が良いように見えるけど」

「……シスト様にはいつもよくしていただいています」


 大丈夫、とジーナは自分に言い聞かせていた。ヴィートは騎士だ。だから、第二王子と自分のような平民がなぜこんなにも仲がいいのか。それを探りに来ているだけだろう。

 下手に動揺すれば怪しまれる。だから、ジーナは表情を変えずに淡々と答えた。


 シストがむっとした様子で口を開く。


「こいつに昼食を頼んでいるのは俺だ。何か問題があれば、ジーナではなく俺に言え」

「いやいや、別に文句というほどでは」


 へらへらとした笑顔で、ヴィートはそれをかわす。


「それで、時に聞いてもいいかな」

「はい」

「実はこの単語のつづりが思い出せなくなってしまって……」

「これは……こうですね。ペン、お借りいたします」


 ジーナは彼のペンを借りて、別の紙に文字を書いた。


「ああ、なるほど。ありがとう」


 と、ヴィートはにこにことほほ笑む。

 ジーナは顔を引きつらせていた。文字を書く時に、彼の持っている書類の一部が視界に入ってしまったからだ。


「あの……ランディ様」

「ん?」

「その書類、何を書かれているのでしょうか……? 『フェリンガ王国一美しい』とか『よければ今度の放課後』といった文章が見えたのですが……」

「ん? ああ、これ?」


 と、ヴィートが皆に書類を見せる。

 そこにはパッと見ただけでわかるほど、熱烈な言葉がつづられていた。


「この学校には魅力的な女性が多くて困る……。そういった女性たちから、たくさん手紙をいただいていてね。その返事を書いているんだ」

「……ヴィート。お前」


 と、シストは苦い顔をする。


「さっき言っていたよな。『今後に関わる重要事項』だと……」

「え? だから、そう言ってるじゃないですか」


 ヴィートは開き直った顔で、堂々と告げる。


「俺の恋に関わる重要事項だと!」

「帰れ!」




 仕事の時間が終わり、ジーナは寮までの道を歩く。辺りには薄闇が落ちていた。学校を囲う壁の向こう側に、太陽が沈んでいく。


 とぼとぼと歩いていると、目の前に誰かが立ちはだかった。


「お待ちください。あなたにお話ししたいことがあります」


 と、告げたのはヴィートだ。

 逆光でその顔がよく窺えない。


 ジーナは硬直した。彼の口ぶりに違和感を覚えたからだ。

 その理由を考えて、ハッとする。


 そうだ。今日の昼食時まで、ヴィートのジーナに対する口調は気安かった。

 だが、今は目上の者に接するように恭しい。

 そう、まるで。


 ジーナの本当の身分を知っているかのような――。


「見つけました。――ジーナお嬢様」


 ジーナは目を見張る。思わず、一歩後ずさった。


「な……何の話でしょうか……」

「見た目が異なっていても、筆跡は誤魔化せないのですよ」


 と、ヴィートは昼間の浮ついた態度から一転して、鋭く眼光を光らせる。

 彼は2つの紙をとり出した。1つはジーナが昼間、書いたもの。もう1つは、ジーナが父に向けて送っていた手紙だった


(まさかこの人。そのために、あの時、私に文字を書かせた……?)


 ジーナは息を飲む。


「さあ、エメリア公が心配されています。家に帰りましょう」


 固い口調で告げるヴィート。

 ジーナは俯いて、拳をぎゅっと握りしめた。

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