閑話 フィンセントの冒険編 ~まずいものばかりではないか!!~
アイアン・ゴーレム。
それは鉄で作られたゴーレムの魔物である。見上げると首が痛くなるほどの巨体だ。
ゴーレムが鉄槌のような拳を振り下ろす。遺跡の空気が震撼するほどの勢いだった。
「フェリンガくん! 早く撃って!」
デムーロ教授が鋭い声を上げる。その言葉でフィンセントの怒りは爆発した。
「無茶を言うな! 私にはもう魔力が残っていないのだ!」
「え、もう?」
と、デムーロは拍子抜けした声を上げる。その声にはありありと失望の色がにじんでいた。『役に立たないなあ』と言外に言われているように感じて、フィンセントは額に血管を浮かせる。
「じゃあ、しょうがない。いったん撤退するよ! 走って!」
「ひっ……ちょ、ちょっと、待ってください、教授!」
デムーロが身軽な動作で通路を引き返していく。フィンセントは情けない声を上げながら、それに続いた。もうここ数時間ほど――ずっと動き詰めなのである。全身が悲鳴を上げている。足だってボロボロだ。マメができては潰れて、血まみれになっているというのに。
このデムーロという男は容赦がない。「はい、次! 次の部屋、行こうね!!」と、フィンセントは散々、遺跡の中を引きずり回されていた。
「ひっ……ふう、はあ……はあ……」
ゴーレムから逃げきって、薄暗い通路にへたりこむ。実はフィンセントはあまり運動神経がよくない。魔法の天才だともてはやされて、それ以外のことは何もしてこなかったからだ。
教師が時折、「魔道士には体力も必要ですよ」と苦言を呈して来れば、「うるさい! 私の才能があれば、そんなものは不要だ!」と切り捨ててきたのだった。
フィンセントは壁に寄りかかって、息を整える。すると、腹の奥からふつふつと怒りが湧き上がった。
(なぜ、第一王子の私が……こんな目に遭わなければならないのだ!!)
彼はシストに決闘で負けた代償に、デフダ遺跡の調査に同行する羽目になっていた。
フェリンガ王国には、各地に遺跡が存在する。
英雄王『スフィーダ・フェリンガ』がこの国を興す前時代。フェリンガの地は、多くの魔物が闊歩する危険地域だった。その魔物たちを統一していたのが、邪竜である。
しかし、邪竜はスフィーダの手によって討ちとられる。魔物たちは洞窟や森の奥などに逃げ隠れ、そこでひっそりと暮らすようになったのだった。
デフダ遺跡もそのうちの1つだ。各地に存在する遺跡の中でも、『危険度S』と言われている魔窟だった。そこには前時代の魔道具が多く眠っていて、研究者たちの探求心は尽きない。
デムーロが苦い顔で、口を開く。
「フェリンガくん。君はねえ~、魔力の無駄遣いが多いよ」
「なっ……」
「もう少し考えて、魔法を使ってくれないと……。そこまで魔力が多くないんだから」
「魔力が多くない……!?」
フィンセントは愕然とする。『この男、馬鹿なのか!?』と、心の底から思った。
――自分は100年に一度の、規格外の魔力量を持っているのだぞ!? それに気付いていないだと!!?
こんな男は教師として相応しくない。遺跡から帰ったら、父に直訴して、即刻クビにしてもらわねば……! と、フィンセントは考える。
「あ、いや。一般的な魔道士よりはやや多いくらいだとは思うけど……そんなにバカスカ連発できるほどではないよね?」
「なっ……!」
「状況を判断して、的確な魔法を撃つ。これ、魔道士の基本だよ? ちゃんと立ち回れば、君も優秀な魔道士になれると思うけど」
フィンセントは戦略という物をまったく考えない。そのため魔物と遭遇したら、まず上級魔法。次に上級魔法。追撃で上級魔法。そして、魔力切れを起こす。ということをくり返していたのだった。
そのため、デムーロの指摘は教師として的確なものだったのだが……。
フィンセントはそれを受け入れなかった。
――何たる不敬。何たる屈辱。
と、怒りに打ち震えていた。
(この男、学校をクビにするだけでは生ぬるい! 父に頼んで、即刻打ち首に処してくれる……!)
しかし、腹の底ではそう考えていても、今のフィンセントはデムーロに逆らうことができなかった。
なぜなら、帰り道がわからないからである。
遺跡の中にいる間は、どれだけ不快でも、どれだけ怒り心頭にあろうとも、この男に教えを請わなければならない。
「それより、教授……私はそろそろ空腹が限界でして……」
「ああ、そうだったね。じゃ、ここで昼休憩にしようか」
デムーロがリュックを下ろして、食事の準備を始める。フィンセントは期待に頬を緩めた。
が、次の瞬間。とり出された食事を目にして、愕然とする。フィンセントは悲痛な声を上げた。
「またそれですか!?」
「文句言わない。食べられるだけでも感謝しないとね」
デムーロがとり出したのは、固すぎるパンと、ビン詰めのコーンビーフだ。最近のフィンセントはそれしか口にしていなかった。パンはまるで石塊のような固さで、初めて食べた時は歯が折れるかと思った。
コーンビーフの方はねっとりとした食感が気持ち悪いし、日持ちするように塩を大量に投入されていて塩辛い。どちらもとんでもなくまずかった。
フィンセントはその味を思い出して、涙目になる。
しかし、実際に腹が減っているので、嫌々でもそれを食べるしかなかった。
(ああ、まずい! ここのところ、まずいものばかりを食べている!)
自棄になってコーンビーフを口にかきこみながら、フィンセントは苦い思いを抱く。
(……ジーナの作る菓子は、とても美味しかった)
ふと、その味を思い出した。舌がじんと痺れた。
――早くこんなところから帰りたい。
――ジーナに会いたい。
――彼女の菓子をまた味わいたい。
フィンセントは切実に願う。そして、自分をこんな境遇に追いやった元凶に恨みを募らせた。
(許さん……。私にまぐれで勝ったからといって……! 絶対に許さんぞ、シスト……!)
――この遺跡から戻ったら、その時は!
――あの無能者に、目にものをみせてくれる!
と、フィンセントは固く決意していた。
+
「……まただ」
シストは目を見張る。そして、自分の手元に視線を落とした。掌の中に小さな風を生み出している。魔力を増やすための訓練の最中だった。
(やっぱり……以前より魔力が増えてる)
フィンセントとの魔法決闘を終えた日から、シストは欠かさずに訓練を続けていた。すると、少しずつ使える魔法が増えてきたのである。最近は学校の講義にも顔を出すようになっていた。
教師の言っていることがわかる。言われた通りに魔法を行使できる。それだけで授業の時間も楽しいものに変わった。
それは喜ばしいことではあるが、
(……何で急に?)
シストは不思議に思っていた。クレリアの言葉を思い出す。彼女の声が治ったのは、ジーナと会ってからだという。
自分も同じだ。魔力量が増えたのはジーナと会ってから……。
――彼女はもしや、幸運の女神か何かなのでは……?
その想像に、シストは頬を染める。
――いや、さすがに。いくら彼女が可愛くて、料理上手で、凛とした立ち振る舞いまで美しいからと言って……。
そこまで考えてから、「って、俺は何を考えているんだ!」と首を振る。
時計に視線をやると、だいぶ遅い時間になっていた。長い間、訓練に没頭していたようだ。
そろそろ休もうか。
と、考えてから、シストは机の上に目を向ける。そこにはジーナにもらった菓子の袋が置いてあった。
手を伸ばし、カネストレッリを口に含む。バターの甘みが、疲れた体に優しく染み渡る。
――もう少しだけ頑張るか。
シストはそう思い直して、魔力を練るために、精神を集中させるのだった。
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