閑話 聖女様はお喋りがしたい


 クレリアは歌とお喋りが大好きな女の子だった。


「ねえねえ、お母さん! 聞いて!」


 彼女の生まれは平民だ。王都から離れたのどかな村で、家族と暮らしていた。クレリアには兄弟がいっぱいいた。

 彼らと1日中、歌って、話して、笑い合う日々を送っていた。


 クレリアのそんな平穏な生活が壊れたのは、6歳の時だった。

 フェリンガ王国の子供は6歳になると、魔力測定を受ける決まりとなっている。そこで彼女の魔力は「聖」属性と判明した。基本の4属性とは異なる珍しいものだった。


 クレリアは『聖女』と呼ばれた。その日から家族と引き離され、教会で暮らすことが決まった。

 家族と離れ離れになるのは寂しかった。それでもクレリアはそこで頑張ろうと決めていた。それが皆の――引いては家族のためになるのだと信じていた。


 声に異変を覚えたのは、13歳の時だった。

 歌詠魔法。声に魔力を乗せて、傷を癒す力。教会でその魔法の使い方を学んだ。クレリアの魔力は少しずつ増加していった。

 すると、段々とクレリアの声は低くしゃがれてきたのだった。

 好きだった歌が歌えなくなっていく。高音をうまく出せないからだ。


 しかし、それに反比例するように、クレリアの歌詠魔法の力はどんどんと増していた。低くしゃがれた声で歌うと、傷が癒えるのだ。

 だが、クレリアはあまり嬉しくなかった。自分の歌を聞いた人たちが、皆、呆気にとられたような顔をするからだ。中には必死で笑いを堪えている者までいた。


「……この声を治したいです。どうしたら治るのでしょうか」


 クレリアは司祭に尋ねてみた。だが、司祭も首をひねった。歌詠魔法の使い手で、クレリアのように声が変質した事例は今までになかった。

 クレリアはフェリンガ王国の筆頭魔道士である男に診てもらうことになった。

 彼は目を見張って、こう告げた。


「珍しいね。君の場合、魔力が常に声に付与されている。だから、声が変わってしまった。元に戻す方法は1つ。質のいい魔力を得ることだね」

「魔力に質の良さというものがあるのですか?」

「あるよ。質のいい魔力は、少量でも魔法を発動させることができる。つまり、効率が上がるということ。そうすれば、君の声に付与される魔力は少量で済み――声質が変化することはなくなるというわけだ」

「どうすれば、魔力の質が上がるのでしょう」

「僕もそれは研究の最中でね。伝説によれば、英雄王スフィーダ・フェリンガが膨大な魔力を所持していたという話も、実は彼の身に宿る魔力の質がよかったからではないか、という説もあるようだけど」


 クレリアはその後、魔力の質を上げる方法を探して、様々な文献をあさった。だが、結局その方法はわからず終いだった。

 クレリアの声は更にひどくなっていった。

 彼女は15歳で、フィオリトゥラ魔法学校で働くことになった。魔法学校の生徒を歌詠魔法で治療するのが、彼女の役割だった。


 だが、歌詠魔法を披露すると、生徒たちは……


「聖女の歌というから期待していれば……何と汚らしい」

「淑女が出す声とは思えないひどさだね」

「ぷっ、ははははは! もう1回、歌ってみてはくれないか?」


 その度にクレリアは傷付いていた。大好きだったはずの歌は、大嫌いになった。人前で声を出すことが嫌になっていた。


 そのうち、クレリアはカーラ・シモーネという女生徒に目を付けられる。彼女から嫌がらせを受けるようになった。

 その頃には、クレリアは抵抗する気もなくなっていた。どれだけカーラに嫌がらせをされ、「さあ、話してみなさい?」と煽られようとも。

 絶対に声は出さなかった。黙って、耐えていたのだ。


(声を出して笑われるくらいなら……ずっと黙っている方がマシ……)


 と、クレリアは思っていた。


 そんなある日のことだった。

 クレリアが、ジーナという少女に出会ったのは。




「――やめなさい」




 その声を聞いた時、クレリアは信じられない気持ちだった。

 今までもクレリアがカーラに嫌がらせをされている時、そばを通りかかる生徒はいた。けど、誰もが見て見ぬふりをした。

 それなのに、その少女はカーラに堂々と告げたのだ。彼女の姿を見て、クレリアは目を見張る。地味な格好をしている少女だ。どう見ても貴族ではない。それなのに、彼女はカーラに意見することを恐れなかった。


 案の定、カーラたちは憤った。


「何ですって……!? 地味ブス女が!!」


 カーラの怒鳴り声に、クレリアは身をすくませていた。声は出なかった。少女が自分を庇ってくれたことを知っているのに……その少女が詰め寄られていても、助けることはできなかった。


(…………ごめんなさい……)


 クレリアは心の中で何度も謝った。


 彼女の名前はジーナといった。食堂で下働きをしているのだという。不思議な少女だった。格好は地味なのに、彼女の背筋はいつでもぴんと伸びて、凛とした空気をまとっている。


 ジーナはクレリアに声のことを一度も尋ねてこなかった。

 そんな人は初めてだった。今までこの学校で出会った人たちは、


「変な声って本当? ちょっと出してみてよ」


 と、好奇心をむき出しにしてくる者か、


「どうして話さないの? 変な声? 私は気にしないから、話してみなよ」


 一見親切なふりをして、クレリアの心をえぐってくる者ばかりだった。


 だが、ジーナは何も言わなかった。それどころか、クレリアとの筆談を楽しんでいる様子だった。


『そういえば、さっきの黒い犬って何だったの?』


 クレリアが紙にそう書いてみせれば、ジーナが「ちょっとこれ借りるね」とペンを持つ。さらさらと隣に文字を書いた。


『私の寮室に住んでるの』


 と、いう言葉と、何だかよくわからない絵――おそらく、犬らしきもの。

 その絵と文字を見て、クレリアは、ぷっ……と吹き出していた。しわがれた声で笑う。『しまった、声を出しちゃった……!』と、気付いて、クレリアは口を押える。だけど、横を見れば、ジーナも楽しそうに笑っていた。クレリアの変な笑い声を気にした様子もない。


 その瞬間、クレリアはジーナのことが大好きになった。




 この学校でできた、初めての友達。

 クレリアの声を気にしないでいてくれる子。




 だから、カーラがお茶会でジーナのことを侮辱した時。

 クレリアは許せなかった。



『この人の前では、絶対に声を出さない』



 そう決めていたはずなのに。

 頭がカッと熱くなって、そんなことも吹き飛んでいた。




「謝って、ください! 今の発言は、あんまりです!!」




 気が付けば、クレリアはそう叫んでいた。



 そして――その声がしわがれていない、普通なものであったことに。

 彼女自身がもっとも驚くのだった。

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