5 緊急:コウシャークからジーナを守るのだ


「ジーナ・エメリア……って、ゲテモノ作りのジーナ?」


 令嬢の言葉に、ヴィートは目を丸くしていた。


「……ゲテモノ作りって?」

「ふふ、この学校では有名なお話でしてよ」


 その日、ヴィートはいつもの日課に精を出していた。つまり、女漁りである。放課後、令嬢の1人と約束を取り付け、彼女の肩を抱いて、話をしていた。

 その間にジーナ・エメリアのことについて尋ねてみる。すると、彼女はいろいろなことを教えてくれた。


 ジーナは壊滅的に料理が下手なこと。

 それを触れ回っていたのは、他ならぬフィンセント自身であったこと。

 そして、


「フィンセント殿下もお可哀そうに……。そして、健気な方よね。どんなに舌に合わない料理も、殿下は決して残さずに完食されるんですって」

「へ……へえ……」


 その言葉にヴィートは顔を引きつらせる。


(いやー……)


 と、思いながら、彼女の手を握る。令嬢が目を合わせて、妖艶にほほ笑んだ。それに微笑み返しながら、


(いやいやいや……)


 と、ヴィートは考えていた。




 ――美味いじゃん!!


 その後、昼食時間にて。

 ヴィートは目を見開きながら、料理を咀嚼していた。

 その日のデザートは揚げ菓子だった。シュー生地を揚げ、たっぷりとリコッタクリームを乗せ、オレンジの砂糖煮で飾り付けられている。じゅわっと口の中でとろけるシュー生地、オレンジの酸味と、絶妙な甘味加減……。


(めちゃくちゃ美味いじゃん……!)


 ヴィートはまた、ちゃっかりとジーナたちの昼食の場に紛れこんでいた。

 今、ジーナと顔を合わせるのは気まずい。それはジーナも同様らしく、あまりこちらと目を合わせようとしてくれない。

 だから、昼食は別の女性と過ごそうかとも思ったのだが。


 ヴィートは、ジーナの料理の味が忘れられなかった。吸い寄せられるように、またここに戻ってきてしまったのである。

 シストには苦い顔をされ、クレリアにはまた威嚇されたが。結局は同席することを許してもらえた。

 ジーナの料理を一口食べて、「これだ……」と、ヴィートは感動していた。


 そして、学校内に回る噂が虚言であることを知ったのである。

 ジーナを「ゲテモノ作り」と馬鹿にしている令嬢たちも、性格は多少難があるかもしれないが、仕方ない面もある。

 噂を流している本人が、第一王子なのだから。王子の言うことには誰も逆らえないし、彼以外はジーナの料理を食べたことがないのだ。だから、その噂は面白おかしく、学校内に流布されてしまったのだろう。


(……くそ野郎)


 ひとしきり料理の美味さに感動してから。

 ヴィートの中でふつふつと怒りが湧いて来た。


 ヴィートは王家に仕える騎士である。そのため、そんな感情は間違っても抱いてはいけないのだが。

 思わずにはいられなかった。


 ――フィンセント、くそ野郎……!!

 と。


「はー。今日もジーナの料理は美味しいね!」

「特にこの菓子は格別に美味いな。前のアマレーナのシロップ漬けもよかったが、オレンジを乗せた物も美味い」


 ヴィートは聞いていて、「何それ、羨ましい……」と思った。アマレーナのシロップ漬け――それも絶対に美味いヤツだ。このレベルの料理を毎日食べることができる、シストとクレリアが羨ましくなった。


 シストは普段、不愛想な方ではあるが、ジーナの料理を食べている時は蕩けるような笑顔に変わる。

 じっと見ていると、シストに気付かれて、


「何だ」

「その点、シスト殿下は素直ですよね……」

「…………は?」


 思わず、本音が漏れてしまった。


 次にヴィートは、ジーナの様子を見る。彼女はいつも通りの澄ました様子で座っている。かと思いきや、時折、シストやクレリアの姿を見て、浮かない顔で目を伏せていた。


「ジーナ。どうかしたのか」


 シストも気付いたようで、案じるように声をかける。


「何か悩みがあるなら、俺に言え」

「いえ……すみません。昨日、少し寝るのが遅くなってしまって。それだけです」


 ジーナは首を振る。そして、力なくほほ笑んだ。どうして彼女が浮かない顔をしているのか、知っているヴィートは、「うっ……」と、胸が苦しくなる。


「昼食作りは負担にはなっていないか? 俺はジーナの料理を毎日食べられたら嬉しいと思うが、そのためにお前に無理はしてほしくない」

「いえ……そんなこと!」


 と、ジーナは強い口調で告げる。


「そんなことありません。私も、シスト様やクレリアが『美味しい』と料理を食べてくれることが嬉しいです。それに私の心がどれだけ救われたことか……」


(うっ……!)


 更に良心をきりきりと締め上げられて、ヴィートは内心で悶える。


 ――ジーナがこの後、公爵家に戻ったら。


 王家はどのように動くのだろうか。ジーナとフィンセントとの婚約解消をあっさりと認めてくれるだろうか。

 フィンセントはジーナの行方を捜しているようだった。ということは、彼はまだジーナに執着している。


 公爵がどれだけ手を回しても、すんなり婚約解消という運びにはならないのではないか。


 かといって、このままの状況を許すわけにはいかない。ヴィートはジーナを連れ戻るように、公爵から直々に命じられている。

 それを反故にすることは……ヴィートの立場では決して許されないことだった。



 +


 和やかに昼食をとる、4人。

 その様子を、遠くから見つめている影がいた。


(なるほどなるほど……)


 と、校舎の屋上に伏せて、庭園を見下ろしているのはベルヴァだった。

 彼の鋭い眼光は、銀髪の少年へと向けられている。


(ははーん。あいつが『コウシャーク』という奴の遣いだな……?)


 ジーナを連れ戻しに来たという男だ。

 だが、ベルヴァはこのままジーナを離すつもりはなかった。自分にはまだ、彼女の料理が必要なのである。


「よーし」


 と、ベルヴァは目を光らせて、立ち上がる。


「あいつ邪魔だ。殺そう♪」


 今日はフリスビーで遊ぼう♪

 というような気楽な口調で、黒犬は呟くのだった。

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