5 まさかのマシンガントーク!?
ジーナたちがお茶会に向かう、数時間前のこと――。
シストが去った後、扉が叩かれる。やって来たのはクレリアだった。彼女もきょとんとした顔をしている。これから何が起こるのか知らないらしい。
2人で戸惑っていると、更に来訪者が訪れた。それは仕立て屋だった。彼らは手際よく、室内に荷物を運びこむ。クローゼットハンガーがいくつも立てられ、そこにずらりとドレスが並んだ。
ジーナは困惑して、立ち尽くす。どれも一目で質のいいドレスであることがわかる。「とても受けとれない」と遠慮したが、そうすると、仕立て屋が困り果ててしまう。最終的には「殿下に怒られてしまうので!」と泣きそうになっていたので、ジーナはあくまで「借りるだけ」と強調して、ドレスを選ぶことにした。
いくつか手にとって見ているうちに……段々と楽しくなってきた。こんな機会は久しぶりだった。それも今は隣にクレリアがいる。彼女は不思議そうにドレスを眺めている。試しに1着を彼女の体に当ててみた。クレリアは照れくさそうに笑って、『どう?』とばかりに首を傾げる。ジーナはほほ笑んで、「似合ってる」と答えた。
すると、今度はクレリアが1着を選んで、ジーナの体に宛がう。
2人で一緒にドレスを選ぶのは、とても楽しかった。クレリアが『ジーナは落ち着いた色が似あう』と教えてくれたので、ジーナはライトブルーのドレスを選んだ。淡い色で花柄が上品に入っている。裾はふんわりとひろがり、華やかさもある。
ジーナが「クレリアには華やかな色が似あう」と言ったので、クレリアは薄ピンクのドレスを選んだ。クレリアは童顔なので、可愛いすぎるデザインを着ると幼く見えてしまう。そのため、下は巻きスカートとなっている物にして、大人っぽく見せるスタイルだ。
ドレスを選び終えると、仕立て屋は荷物を片付けて去っていった。代わりに部屋の扉を叩いたのは、メイドたちだった。
彼女らにジーナたちはドレスを着つけられ、化粧を施され、髪もセットしてもらう。ジーナもクレリアも恐縮しっぱなしだった。
『私じゃないみたい』
と、クレリアは文字を掲げる。何度も鏡に自分の姿を映しては、呆然としている。
その可憐さに、ジーナは息を吐く。
――元々、整った顔立ちをしていたが、ここまで変身するなんて。
クレリアは教会から派遣されてこの学校に常駐しているので、普段の格好は地味だ。
化粧で目鼻立ちは更にぱっちりと変わり、髪型も華やかになっている。サイドの金髪を編み込みながら耳横に持っていき、ゆるくお団子に。残った髪は下ろして、ハーフアップのスタイルだ。
ジーナの姿もすっかりと変わっていた。地味でパッとしない面持ちが、化粧の効果で顔色がよく映る。それだけで明るく、可愛らしい雰囲気になっていた。
ジーナの栗色の髪は、編みこみながら1つにまとめてあった。ところどころに小さな花の飾りが付けられている。
そして、メイドが帰っていくと、最後にやって来たのはアクセサリー屋と靴屋だった。彼らが並べたのは、これまた一目で質がいいとわかるものばかりだ。
――もうここまで来たら、拒否する方が難しい。
ジーナはやはり「借りるだけ」と強調して、選ぶことにした。それもクレリアとオススメし合いながら選んだので、とても楽しい時間だった。
こうして、2人は全身を完璧なコーディネートでまとめて、お茶会に向かった。
+
お茶会に現れたジーナとクレリア。
その姿を見て、カーラは固まっていた。
頭の上から、足元まで。完璧だ。文句のつけようもない。
それも、
(この女のネックレス……! フェミュールの新作じゃない……!!)
カーラが父にねだっても買ってもらえなかった品である。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
ジーナが完璧なカーテシーで挨拶をする。仕草まで文句の付けようがなかった。クレリアはジーナの見よう見まねでやっているらしく、もたついているが、ジーナの方は慣れた様子なのである。
頭を下げる角度も、椅子に座る時の動作も。見ていて惚れ惚れとするほどに綺麗だった。
(何なの、この女……! 貧乏平民のくせに……!!)
カーラの手元で、扇子がみしみしと鳴る。
カーラ専属のメイドが、皆にお茶を配り始めた。
その香りだけで、ジーナは気付いたらしく、
「ペタロージュのオレンジピール入りの紅茶ですね。とてもいい香りです。シモーネ様は、紅茶を選ぶセンスも素敵です」
すると、令嬢の1人が驚いた様子で、
「まあ……香りだけで銘柄がおわかりになるの?」
と、言ったものだから、カーラの苛立ちは最高潮になった。彼女を一瞥して黙らせる。
扇子で口元を隠しながら、カーラは必死で反撃の手を考えていた。今のところ、ジーナの格好もマナーも完璧だ。ケチのつけようがない。何か、何かないのか。彼女を屈辱たらしめる、言葉が。
……何も見つからない。
カーラは焦る。扇子を握る手に力がこもっていく。
(貧乏人のくせに……どこでこんないい物を手に入れたのよ!? あ……そうか。そうだわ)
その時、カーラは閃いた。
「ジーナさん。ごめんなさいね。急なお誘いだったものだから。今日の準備のために、だいぶ無理をされたのではなくて?」
「シモーネ様たちに比べれば、私は至りません。こちらも借り物ですので……」
「まあ! そうだったのね。でも、そのためのお金を用意するのも、大変だったでしょう」
扇子の下で、カーラは口元をねっとりとつり上げる。
「まさか……そのために、淫らなお仕事をされてきたわけではありませんでしょう。あら、それとも平民だと、そういうこともよくあることなのかしら?」
ジーナは何も言わない。表情も変えずに、カーラの顔を見た。その様子は少しだけ面食らっているようにも見える。
その反応で、カーラはようやく留飲を下げることができた。ふふ、とほくそ笑む。
――その時だった。
ばん!
机を叩く音。クレリアだ。顔を真っ赤にして、激高している。雷光のような怒りがその瞳に宿っていた。
「…………あや……て……ください……」
「…………え?」
小さな声だった。
だから、カーラは何といったのか聞きとれなかった。そもそも、クレリアが口を開くこと自体がまったくの予想外だったので、理解が遅れた。
次の瞬間、横面を叩かれたのかと思うほど、激しい声が飛んできた。
「謝って、ください! 今の発言は、あんまりです!!」
「え…………」
「何てことを言うんですか!? ジーナに……私の友人に……私の友人を侮辱……あなたは、侮辱した!!」
「あ……え……?」
「許せません! いくらあなたが貴族であっても! 私は今の発言は、絶対に許しません!」
「え……あなた……声……?」
カーラだけでない。他の令嬢も、ジーナまでも。
唖然とした顔でクレリアを眺めている。その状況に気付いていないのは、クレリアただ1人だけだった。
聖女クレリアの『ダミ声』。
それはフィオリトゥラ魔法学校では有名な話だった。しわがれた老婆のような、汚らしいカエルのような声。
そのはずだったのに、
(これのどこがダミ声なの!? むしろものすごく……)
カーラは呆気にとられる。
その間に、クレリアは|美しい声(・・・・)でまくしたてる。
「お茶会に誘ってきたのは、あなたの方じゃないですか、シモーネ様! 私たちはそのために準備をしてきたんです! 私やジーナがあなたに何か失礼を働きましたか!? それをあなたは……!!」
「…………クレリア」
ジーナが呆然と告げる。
「声……」
「え……?」
「声が……出てる……」
「ん…………?」
クレリア本人は何も気付いてないらしい。不思議そうに首を傾げる。
それからハッとなって、自分の喉を触った。「あ……あー……」確かめるように声を出す。クレリアはぎょっとした顔をして、
「え……、あれ!? あれ!!? ジーナ、私、声が出てる!」
「え……ええ」
「変な声じゃない!」
「……そうね」
「普通の声! 声だ! 喋れる! 私、喋れるー!」
クレリアは歓声を上げる。それからまたハッとなって、カーラと向き直った。
「あ……まだ話の途中でした! どこまで話したっけ? まあ、いいや。シモーネ様、先ほどの発言はあんまりです! 何てことを言うんですか!? ジーナに、私の友人を侮辱して!! 許せません! いくらあなたが貴族であっても! 私は今の発言は、絶対に許しません!」
「それはさっきも聞きましたわ!?」
カーラは思わず叫び返してしまった。
「あれ、そうだっけ? じゃあ、その続きからです! お茶会に誘ってきたのは、あなたの方じゃないですか、シモーネ様!」
クレリアの勢いは止まらない。立て板に水を流す勢いで喋り続ける。カーラは奥歯を噛みしめ、
(誰が、物静かな聖女ですって!? この女……!!)
と、クレリアを睨み付けた。
「私たちはそのために準備をしてきたんです! 私やジーナがあなたに何か失礼を働きましたか!?」
「それもさっき聞きましたわ! というか、うるさいうるさーい! ちょっと黙りなさい、あなた!!」
「黙らなーい! 今日は絶対に、黙ってなんかやらないんだから! 私の大事な友人を、よくも馬鹿にしてくれましたね!」
「この……何て口うるさい女なの!? だいたい、そんな高級品、貧乏人のあなた方が身に着けてもまったく似合わないわ! さすが教養もなってない平民は、センスもないのね!」
と、カーラが苦し紛れの反撃をした、その時だった。
「…………センスが、ない?」
誰かの声が割りこんだ。
「それは、俺が手配した物だが?」
「え……?」
カーラはその声に顔面を蒼白にした。
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